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さくら色の故郷 31

「なんだか俺達しょうもないな」 「……ですね」  困ったように微笑む瑞樹の額には玉のような汗が浮かび、髪の毛が頬にべったりと張り付いていた。  湯に濡れて上気した瑞樹はいつもより色っぽい。そっと指先で払いのけてやると恥ずかしそうに目を伏せた。しっとりとした頬の触り心地が良くて、 そのまま撫で続けてしまう。 「あの……すみません、そろそろ」  もぞもぞと恥じらう仕草も愛おしい。  うっ目の毒だ……そんな表情をされたら自然に躰が動いてしまう。  手をずらし彼の細い顎をクイッと掴んで上を向かせ……そのまま湯船の中でまた口づけてしまった。 「んっ……」  溜息混じりの甘い吐息が漏れる。  顎の手を離し、首から鎖骨……そして胸元まで撫で降ろすと、瑞樹が苦し気に呻いた。胸の尖りに指先をひっかけて弄り出すと……彼はもう溜まらないといった様子で艶めきながら震えた。 「だ、駄目です……本当に……」 「ここ気持ちいい?」 「セイが……来ちゃいます」  必死に股間を隠そうと前屈みになる姿も愛おしくて、止まらなくなるが……瑞樹はセイがいつ掃除にやって来るかと思うと気が気でないようだ。  確かに……危険すぎる。  流石にここでタイムオーバーだな。 「無理させて、ごめんな。続きは東京に戻ったらな」  俺は腹にグッと力を入れて、くるりと背を向けた。 (今日の俺はかなり頑張っている。瑞樹……いつか貸し切り温泉にも行こうな) 「さっさと洗って出るぞ」 「あっ……ハイ、そうしましょう!」  瑞樹も同じ気持ちなのか、いつもより自分を励ますような力強い声だった。  洗髪しながら目を閉じると、湯の中で揺らいでいた瑞樹の両胸の淡い尖りが浮かんでくるので、必死に追い払う。    瑞樹はすぐ横で、もこもこの白い泡を躰に纏っていた。  彼にはやっぱり白がいい。石鹸の香りのする泡の白さもよく似合う。  俺の熱い視線を感じた瑞樹が頬を染めるが、こちらは見ずに頑なに鏡を見つめ続けている。きっとその鏡に映る顔は、相当に甘く蕩けているだろうな。 「さぁあがろう」 「はい……あの、僕たちかなり頑張りましたね」 「今度は」 「今度は……」  瑞樹と声が重なった。 「くすっ宗吾さん……今度は貸し切り温泉にでも行きましょうか」 「あぁそのつもりだ」  焦らなくていい、ゆっくりでいい……まだ俺たちはスタートしたばかりだから。 「ほらしっかり拭けよ。まだ背中が濡れているじゃないか」 「えっそうですか」 「ここだ」 「んっ……」  脱衣場でバスタオルで瑞樹の背中を優しいタッチで拭いていると、突然ガラッと扉が開きセイくんが入って来たので、慌てて離れた。 「わっ! まだ着替え中でしたか。あの、もう掃除していいっすか」 「あぁ待たせて悪かったな」  濃紺のエプロン姿で黒いシャツを腕まくりした彼が、俺と瑞樹を交互にしげしげと見るので、少し愉快な気持ちになってしまった。 (おいっ期待外れだったか)と突っ込みたくなるよ。  一方、上半身裸だった瑞樹は慌てた様子でシャツを着ていた。  そうそう、それでいい。君のその慎ましやかな胸の尖りは、たとえ同級生でも見せるなよ。   「へぇ」 「なんだ?」 「いや宗吾さんって、脱ぐといい躰してますね」 「なんだ? 俺を見てたのか。ははっ」 「いい筋肉してますね!羨ましいな」 「おい。気色悪い視線を寄こすな!」  誉められて気をよくする俺のことを、瑞樹が「ぷぷっ」と笑い声を発し明るい表情で見つめていた。   **** 「瑞樹、お休み。芽生のこと頼むぞ」 「はい、また明日、おやすみなさい」  芽生くんはかつての子供部屋の僕のベッドで既に安定した寝息を立てていた。だからそっと音を立てないように、芽生くんが温めてくれていた布団に潜りこんだ。  何だか不思議な気分だな。  このベッドによく弟の夏樹が潜り込んできて、体温を分かち合って眠ったの日が、つい先日のように感じる。  幸せな過去がこんな身近に感じたことは、今までなかった。  もう二度と訪れないはずの優しい時間が、姿や形を変えて、懐かしい思い出よしてすぐ傍にやってくれる。  それは僕が自分を許し、幸せだと感じられるようになったからなのかもしれない。 「おやすみ、芽生くん。お休み……僕の部屋」  きっと今日はとてもいい夢が見られるだろう。 **** 「母さん、その、今日はいろいろとありがとうございます」  この歳になって母と旅行する事自体が珍しいのに、同室で眠るなんて照れくさい。だが母さんには頭が上がらない。 「宗吾、良かったわね。あなたは本当にいい子と巡り合ったわ」 「母さんには瑞樹の事を、そこまで受け入れてもらえると思わなかったから、俺はまだ信じられないよ」 「大事にしなさい。瑞樹くんは絶対に粗末にしてはいけない子よ。分かっているわね」    こうやって瑞樹の実家や生家を訪ねる旅をしていて、実感していたことだ。 それを母にも同時に感じ取ってもらえて嬉しい。 「あぁ肝に銘じるよ」 「宗吾に……ひとつだけお願いしてもいい?」 「何です?」  母は少し改まった口調になった。 「あのね、瑞樹くんと一緒に暮らすだけでなく、彼にきちんと居場所を与えて欲しいの」 「あっ同感です。実は俺も東京に戻ったら、その辺りのことを真剣に考えてみようと」 「そうなのね……それなら安心したわ」 「また母さんにも相談します」  本当にその通りだ。  瑞樹との関係……ただの同棲より、もっと深く確かな存在として安心させてやりたい。 「あなたたちは、まるであたたかい陽だまりのようだわ。三人揃うと、光輝くように眩いわ」 「母さんから、そんな風に見えているのなら嬉しいよ」 「えぇ宗吾と芽生そして瑞樹くん。あなたたちは本当に、私にとって大切な存在よ」  大切な存在は、恋人同士だけじゃない。親と子の間に存在する。 「俺こそ……俺の母さんが母さんで良かった」 「まぁ、あなたからそんな台詞が聞けるなんて驚いたわ。あなた本当に変わったのね……それは瑞樹くんのお陰ね」 「そうだ、全部……」  こんな優しい会話を年老いた母と紡げるのも、俺にとって『幸せな存在』の瑞樹のおかげだ。    それだけの想いを託せる相手と巡り合えて……よかった。

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