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さくら色の故郷 37
「まぁ次はサイクリングをするのね。じゃあ私はあそこの休憩所にいるから、芽生をよろしくね」
「はい、少し遊んできますね」
「えぇ楽しんで!」
昼食の後は腹ごなしでサイクリングをしようと企画した。大沼湖畔は車道とは別にサイクリングロードが整備されているので走りやすい。芽生くんにも補助輪付の幼児用自転車があったので、よかった。
「おにいちゃん、パパー、しゅっぱつしんこうー」
芽生くんもすっかりご機嫌で子供らしく声を張り上げてはしゃいでいる。あんなに張り切って可愛いな。
「うん、気を付けて行くんだよ」
「はーい!」
木立の間に湖を感じながら走り出した。芽生くんのペースに合わているので、かなりゆっくりだが、その分景色をじっくりと味わえた。
雄大な駒ケ岳を真正面から捉えるスポットがあったり水芭蕉の群衆が見えたりと、風光明媚なサイクリングコース。影が濃く、むせかえるような緑の匂いが立ちこめる広大な大地を3人でひた走った。
「おにいちゃん、風っておいしいんだね~」
「そうだね!」
心地よい風に吹かれながら、都内では味わえない雄大な世界を存分に味わった。途中で休憩しては絶景をご馳走に深呼吸をした。ところが30分程走ると。まだ幼い芽生くんはくたびれてしまったようなので、一旦お母さんの待つ休憩所に送り届けることにした。
「あらあら……芽生、もう戻ったの?」
「んーちょっと疲れちゃった、お腹もすいたし」
「まぁまぁ、ならおばあちゃんとお団子を買いに行きましょうか」
「おだんご? 行く行く!」
どうやら大沼名物のお団子の存在をお母さんは既に知っていたようだ。あとで僕がおやつに案内しようと思ったが、任せてしまおうかな。
「瑞樹くんはせっかくだから、宗吾とちゃんと1周していらっしゃいよ」
「え……よろしいのですか」
「おっいいのか。じゃあ母さん、よろしく。さぁさぁ瑞樹、早く行くぞ」
「あっはい。でも先に芽生くんの自転車を返さないと」
「だな」
宗吾さんは途端にエンジン全開のようだ。くすっ分かりやすいな。
「すみません。これ返しに来ました。あっすみません。俺たちも一旦返却してあっちのを借りても? 」
「はい。どうぞ」
レンタサイクルショップで芽生くんの自転車の返却手続きをしていると、宗吾さんが何か閃いたらしい。
こういう時の宗吾さんには、不吉な予感がする。
宗吾さんが持ってきたのは二人乗り自転車だった。つまり前後に並んで自転車に乗って二人でペダルを漕ぐ仕様の自転車だ。
わっ……それ?
は……恥ずかしい!
これって男女のペアが乗るものでは?
観光地を訪れたデート中のカップルが好むものでは?
「瑞樹、これで行くぞ」
「宗吾さん……僕っ二人乗りなんてしたことないです」
「おっやったな。また瑞樹の初めてもらった!」
「いや、そういう話じゃ……」
「ほら時間がもったいないだろう。レッツゴーだ」
「れ? レッツ・ゴー?」
結局……宗吾さんが前のサドルを握り、僕が後ろに跨った。
最初は男二人で並ぶことが恥ずかしかったが、いざ漕ぎ出すと宗吾さんと力を合わせてペダルを漕げるので、一人で乗る時よりも強い力で走行出来た。
「うわっすごい!」
「だろ? なぁ瑞樹と俺みたいだな」
「え……」
「自分でペダルを踏んで前に進むのっていいな。目的地は一つでも、誰かに乗せられて勝手に連れて行かれるのではなく、自分の力で進んでいる実感が伴うな!」
「あっはい、確かに!」
まるで……それは宗吾さんと僕のこれからの人生のようだ。決して宗吾さんに手を引っ張られて進むのではない、僕の意志で宗吾さんと歩んでいくのだから。
「ここで少し休憩しよう」
「あ、はい」
ちょうど大沼へ続きウッドデッキが敷かれたような道があったので、一旦自転車を止めて、僕たちは歩きだした。
なんだか気持ちが高揚し宗吾さんと手を繋ぎたい気分だったが、まだ人目があるので叶わなかった。その分、触れ合うような近い距離をとった。
大沼湖の水打ち際まで木道を歩くと、古びたベンチがあった。
「ここに座ろうか」
「はい」
座ると真正面に大沼越しに駒ヶ岳がどっしりと構えている景色が見えた。
「まさに大自然を満喫だな」
「宗吾さんが大沼を楽しんでくださって嬉しいです」
「あぁ楽しんでいるよ。よしっ……ここには誰もいないな」
そう言われて見渡すと、木立の陰にも人はいなかった。
「ですね……」
そっと宗吾さんが首を傾けて近づいて来た。
キス……?
僕の方も宗吾さんに触れたかったので、そっと目を閉じた。
淡い爽やかなキスだった。
あの日ピクニックで……傘の陰に隠れて交わしたように、新緑の味がする口づけだった。
「ふぅ、やっと君に触れられた」
「あ……僕もそんな気持ちです」
「さっきは……」
言葉が重なった。
きっとその先は同じ言葉だ。
「結構妬いたぞ。簡単に女の子に言い寄られて……全く油断も隙もないな」
「そんな……宗吾さんこそ、キノシタにもオオクボにも言い寄られていましたね」
「ぷっ瑞樹よーそれはちょっと違くないか。しかし参ったよ。瑞樹は普通に女の子にモテモテだな」
宗吾さんは神妙な顔つきだった。
「そんな……あの、それは……すぐお断りしましたし」
「あっ、やっぱり誘われたんだな」
宗吾さんからそこを突っ込まれると妙に照れくさい。
確かに渡されたスマホの画面には『誰かお付き合いしている人いますか。いなかったら私達と連絡先交換してください』と積極的にアプローチされていた。
「僕には……宗吾さんが一番ですから」
「ありがとう。瑞樹」
もう一度宗吾さんがキスしようと顔を近づけて来た瞬間、背後から黄色い声がした。
うわっ……嫌な予感!
ハッとふたりで振り返ると、ランチクルーズで同乗した女の子たちとバチっと目が合った。
すまなさそうに謝られて慌てて引き返していく様子に焦ってしまった。でも同時に少し可笑しくもなってしまった。僕たち大胆過ぎだと。
旅は人を大胆にさせるのか。普段だったらありえない気持ちになっていた。
「……宗吾さんといると、僕は少し変になりそうです」
「おぉそうか。東京に戻ったら……おかしくなる程抱いてやるからな」
「えっ」
僕は宗吾さんに惚れているから、惚れた弱みなのか、そんな言葉にも甘い期待を抱いてしまうなんて……もうっ、かなりの重症だ!
「俺、瑞樹に弱くてな……君をもっと笑わしてやりたいし、俺といて気持ちよくもさせたい。頭の中そんなことばかりだ」
「宗吾さん……僕は今充分……気持ちいいですよ」
「ん? 本当か? ならもう一度」
「それは余計です!」
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