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さくら色の故郷 38

 幼い孫と手を繋いで歩く。  それだけでも年老いた私には十分過ぎる幸せな時間なのに、一緒に函館旅行なんて夢のようね。  最近の私は……宗吾と瑞樹くんが生み出していく『幸せ』を見守ることで、この世に確かに存在する『幸せ』というものを、ひしひしと感じていた。  年を重ねるうちに、日常をつい惰性で過ごし努力するのを忘れがちになっていたと痛感してしまうわね。  大切な人の『幸せ』とは、当の本人達だけでなく周りをも穏やかであたたかな気持ちで包んでくれるものなのね。 「おばあちゃん、おだんごやさんって、あそこ?」 「えぇそうみたい」  ここは瑞樹くんのお母さんから昨夜教えてもらった地元の名店で、餡と胡麻と正油の3種類の一口サイズのお団子を売っているそうなので楽しみだわ。 「ねぇねぇおばあちゃん、ここでたべようよ」 「そうね。瑞樹くんにはお土産で買っていけばいいわね」  店の軒先に机と椅子があったので芽生とそこで一足先に味わうと、ふわふわと柔らかいおもちと、素朴で手間暇かけたたれの美味しさに病みつきになってしまったわ。 『あそこのお団子は瑞樹の好物なので、よかったらひとつ買ってあげてください』と頼まれた理由が分かるわ。 「芽生……もう少し私のお散歩に付き合ってもらえる?」 「もちろんだよ」  美味しいものをいただき上機嫌なので、もう少し孫とデートしたい気分になった。  少し歩くと小さな赤い屋根のお花屋さんが見えてきた。店先には可愛いすずらんのブーケが沢山並んでいて、その花姿にふと瑞樹くんを思い出したので、立ち止まった。 「わぁ~かわいいお花だね! なんていうなまえなの? 」 「これはすずらんよ」 「ふぅん、何だかおにいちゃんみたいだね。おにいちゃんにあげたいな。あっでもお年玉もってきていないや」 「おばあちゃんが買ってあげましょうか」 「ううん。ボクのお金で買ってあげたいの」 「まぁなら貸してあげるわ」  ワンコインの小さなブーケは、北の大地の空気を吸って生き生きとしていた。 「今日はどうして店先にすずらんばかり置いているの?」  花屋の店主に思い切って聞いてみた。 「あぁ今日……5月1日はすずらんが誕生花で、フランスではすずらんを大切な人に贈る習慣がありましてね。すずらんを贈られた人に幸運が訪れるという縁起ものなんですよ」  お店の人は小さなブーケに若草色のリボンをクルクルと巻いて、芽生に渡してくれた。 「あぁなるほど、だからなのね」 「おばあちゃん、ねぇどういうこと?」 「今日はMayDayらしいわ」 「えっメイの日?」 「くすっまさにそうね。さぁこれを瑞樹くんに届けるのは、あなたの役目よ」  帰り道……私は瑞樹くんのお母さんからの優しい気持ちの籠ったお団子を、芽生は『あなたが大切』というメッセージを込めたブーケを持っていた。  これは……あなたから『幸せ』をもらってばかりの私に出来る、ささやかな贈り物よ。 ****  やはり不安になり、聞いてしまった。 「宗吾さん……あの、さっきの見られてしまったかも。大丈夫でしょうか」 「あぁ……遠目だった。気にするな」  僕はまだこういう状況に慣れず動揺してしまうのに、宗吾さんは堂々としている。座っていられなくなり、モゾモゾとしてしまう。 「少し落ち着け」 「はい……」  そのままベンチの上で僕をなだめるように手を繋がたので、ますます落ち着かない。また人が来たらどうしよう。 「あっあの……」 「瑞樹……顔を上げて前を見ろ。自然は雄大だな。世界は広いし、空はどこまでも深い」 「……そうですね」 「広い世界には俺と瑞樹みたいな関係があってもいいと思うが、どうだ?」 「あっ……はい」  宗吾さんがそう言ってくれると、僕もそう思える。 「恥じることない。万人に理解されなくとも、一番理解して欲しい人に、俺も瑞樹もちゃんと理解されているのだから」 「あ……確かに」  目を閉じると浮かぶのは、函館のお母さん、広樹兄さん、潤の顔。そして宗吾さんのお母さんと芽生くん。今の僕にとって一番身近な大切な人たちの笑顔だった。 「なっ十分だろう?」 「はい……本当にそうですね。何だか安心出来ました」 「んじゃ、おまけでもうひとつな」  早業で唇を軽く奪われ「もう!」っと苦笑してしまった。  敵わない……宗吾さんには参ったな。  ピンチをチャンスにではないが、僕がマイナスな方向に凹むと、すぐにサポートして押し上げてくれる人だ。  あなたとの口づけは、僕を魅了する。  本当は僕だって今ここでしたかった。してもらえて嬉しかった。 「さてと、そろそろ行くか。芽生たちも待ってるし」 「ですね」 「そうだ。今度は……瑞樹が前を漕げよ」 「えっいいんですか」 「もちろんだ」  今度は僕が舵を切る。  宗吾さんが僕の呼吸に合わせて自転車のペダルを漕いでくれる。  任されたことが嬉しくて、ペダルを漕げば漕ぐほど、自信が溢れてくるようだ。  背後からしっかりアシストされているのが分かり、どこまでも安心して僕は進んで行ける。  僕らを吹き抜けていく北国の薫風が心地よかった。どこまでも爽快で、滞っていた想いが、どんどん吹っ切れていく。  幸せになろう!  僕の幸せが周りを幸せに出来るように──  やがてゴールが見えてくる。  芽生くんが白いゴールテープの代わりに、白い花束を持って出迎えてくれた!

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