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さくら色の故郷 39

「ゴール! おにいちゃん、おかえりなさい~」 「芽生くん、ただいま!」  僕を一番に迎えてくれる人がいる。  僕には帰る場所がある。  それが嬉しくて胸の奥がじーんとする。  汗が目に染みたのか視界が滲んでしまうよ。 「はい、これお兄ちゃんにボクからのプレゼントだよ!」 「えっ僕に? いいの?」  まだ自転車に跨ったままの僕に、芽生くんがポンっと軽やかに渡してくれたのは、輝くような白く愛らしい花……可憐なすずらんの花束だった。  とても新鮮な花束のようで、途端に石鹸のように爽やかで清潔な香りがふわっと広がった。  僕の大好きな花だ。だってこれは…… 「おにいちゃん、明日がお誕生日なんでしょ」 「えっどうして知って?」 「昨日ね、ボク……函館のおうちでこっそり聞いちゃったんだ」 「そうだったのか……驚いた」 「だから、これはボクのお年玉で買ったんだよーおばあちゃんにかりたけど」 「そうなの? すごくうれしいよ」  こんなに小さな芽生くんが僕の誕生日のためにそこまでしてくれるなんて。僕は自分から誕生日を言いだすのが恥ずかしくて、なかなか言えなかったのに。  宗吾さんの声が背中越しに聞こえてくる。 「そうだぞー瑞樹は水臭いな。っていうか、俺もどうしてちゃんと聞かなかったのか、ほんとごめんな。反省してる。でもギリギリ間に合ってよかったよ」 「いっいえ。そんな……」 「明日、東京でゆっくり祝おう」 「あっ……ありがとうございます」  すずらんの花が風で囁くように揺れるように、僕の心も揺れた。  照れくさく、嬉しくて── 「嬉しいです」 「そうよ……瑞樹くん、明日がお誕生日だなんて函館に来るまで知らなくて、ごめんなさいね。そういえば、さっき花屋ですずらんは今日と明日の誕生花だと教えてもらったわ。だからぴったりね。それから今日、すずらんの花を贈る意味を知っている?」  宗吾さんのお母さんにも気を遣わせてしまった。 「あっそうか……フランスで、すずらんを贈る日ですね」  仕事柄、世界の花事情や記念日、花言葉については学んでいた。 「そうよ。私たちにとって大切な瑞樹君への贈り物よ。確か花言葉は『幸せが再び訪れる』『純粋』『純潔』『謙遜』よね」 「はい、そのようですね」  花言葉は男の僕にとって少々気恥ずかしくて、言葉がうまく繋げない。  だが『幸せが再び訪れる』という花言葉が、今ほどぴったりだと思ったことはない。 「へぇ~母さん、それ、俺の瑞樹にぴったりだな。どれも!」  宗吾さんに自転車に跨ったまま、後ろからハグされて驚いてしまった。 「宗吾さん、こっ、ここ人前です!」 「はは、悪い。なんか後ろって嬉しくてな」 「え?」 「君の後ろに回るのが、想像よりずっと心地良かった」 「そうなんですか」 「後ろから支えるのっていいな。俺はずっと先頭切って手を引っ張るタイプだったから新鮮だったよ」 「あぁ……それ、分かります」 「だろ? これからは『支える』というのが、俺の中でテーマになりそうだ」  宗吾さんが手を離してくれたので自転車から降りて、彼のことを見つめた。  宗吾さんも降りて、僕を見下ろして明朗に笑ってくれた。  その様子を芽生くんとお母さんが微笑みで包んでくれる。 「宗吾にもやっとわかったのね。謙虚な気持ちというものの本質を」 「母さん酷いな。でも認めますよ。今まで散々我儘押し通して、すみません」 「まぁ、あなたがこんなに変化したのはやっぱり瑞樹くんのおかげ。瑞樹くん……改めてありがとう」 「いえ、変われたのは、僕の方です」    この旅行を通して、僕たちはまた新しい一歩を踏み出せたようだ。  宗吾さんは、僕の『希望』だ。  宗吾さんがすぐ傍にいてくれるから、僕は変われる。  今までの殻を打ち破っていける。  僕の人生は、今まさに春を迎えているようだ。  長い冬から春に移り変わる時、人は希望を抱く。僕の手元にやってきたすずらんは、もともと春の訪れを象徴する花で、寒さの厳しい北海道でも……まさに春を運んでくれる希望の花だったことを思い出した。  希望とすずらん……この函館、大沼旅行で得た最高の贈り物だ。 「瑞樹……君のフラワーアーティストとしての仕事も俺は応援するよ。また頑張れ!」 「心強いです。宗吾さんの応援が」  アシストしてもらえることの喜びを知った。  4月はまだ助走期間だったのかもしれない。  まさに5月を迎えた今日、僕は確実に大空に飛び立った。 「さぁそろそろ行かないとな」 「はい。飛行機の時間もあるし、行きましょう」  僕たちはまた歩き出す。  次の目標に向かって──

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