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花束を抱いて 1

 羽田空港からはタクシーに乗って母を家まで送り、ようやく自宅に戻って来た。 「結局、遅くなってしまったな」 「そうですね」 「重くないか」 「大丈夫ですよ。それより宗吾さんに荷物を全部持ってもらって、すみません」  羽田空港に着いた頃には大欠伸していた芽生はタクシーの中でぐっすり眠ってしまい、母を下ろした時は、まだ起きる気配もなかった。  まぁ今日は朝から乳搾りにランチクルーズ、サイクリングと盛り沢山だったから無理もないか。  自宅マンション前で降りる時も「ねむい、あるけないよー」とぐずって離れなかったので、結局瑞樹がおんぶする形で宥めた。瑞樹の背中で満足げに眠る息子の顔を見つめると、自然と笑みが零れてしまう。 「宗吾さん、芽生くん、どこに寝かせましょうか」 「うーん、ぐっすりみたいだな。今日は風呂は無理そうだから、もう自分のベッドに」 「はい。じゃあ着替えさせますね」 「あぁ頼む」  先に手洗いうがいを済ませた俺は、部屋の換気のためにベランダに出る掃き出し窓を全開にした。  たった2泊3日家を空けただけだったが、やっぱり空気が籠っているな。  五月の夜風は少し冷たいが、今は逆にひんやりと心地よかったので、そのままベランダに出てあたった。  暫く旅の思い出にふける。  星空の下で交わしたキスはよかったと…… 「宗吾さん……」  気が付くと瑞樹がすっと隣にやって来て、突然俺の頬に冷たい缶ビールをあててきた。 「うわっ冷たいな」 「くすっコレ飲みますか」  へぇこんな悪戯もするのか。  珍しいと思うのと同時に、暗く切ない過去から解放され、どんどん明るくなっているのを感じ、嬉しくなる。  珍しいな、瑞樹から酒の誘いか。  それは夜の誘いなのか。 「芽生は?」 「パジャマに着替えさせても起きませんでした。おそらく今日はもう朝までぐっすりかと」 「そうか。ありがとう。しかし楽しい旅行だったな」 「はい。あの……」 「なんだ?」 「家族旅行みたいで……嬉しかったです」 「俺もだよ。沢山……辿れたな。瑞樹の原点」 「沢山見てもらえました。僕の原点を」  照れくさいのかそっぽを向いた君が、ツンとして可愛い。  手渡された缶ビールをプシュッと開けてゴクゴク飲んでから、瑞樹に渡してやる。 「君も疲れただろう。飲めよ」 「はい、なんだか……旅の後夜祭みたいですね」 「馬鹿だな。これは前夜祭だよ」 「……えっと」  本気で分からない表情を浮かべるのが憎たらしい。俺も気が回らない抜けている奴だが、瑞樹だって芽生の誕生日を教えた時に言って欲しかったぞ。まぁそういう所が慎ましい彼らしいのだが。 「瑞樹の誕生日の前夜祭だろう。あと数時間で当日になってしまうが」 「あっありがとうございます」 「あ……あぁ」  少し歯切れの悪い口調になると、瑞樹が心配そうな表情を浮かべてしまった。そんな顔はもうさせたくないので、素直に理由を話し謝った。  おい、カッコ悪いな。くそっ! 「実は……まだ誕生日祝いを用意していなくてな……すまん」 「そんなこと。僕はもういい歳ですし、気にしないでください。それより宗吾さんの誕生日はいつですか」 「そうか。俺も話してなかったな。じゃあ、おあいこか。俺は7月5日だ」 「わぁ……いかにも宗吾さんらしい誕生日ですね」 「どこが?」 「あっいえ……そうごさんだから、数字の5(ご)がつくような気がして。うわぁ……すみません。だじゃれにもならないつまらなことを」 「ふっ」  自分で言っておきながら恥ずかしくなったらしく、目元を染めた瑞樹が顔を反らしビールをゴクっと飲んだ。  咽喉がゆっくりと上下する様子に、つい見惚れてしまう。  瑞樹は、仕草の一つ一つが美しいな。それに本当にバランスのよい綺麗な横顔だ。ほっそりとしなやかな躰もいい。こんなにも身も心も綺麗な男が、俺と暮してくれる現実が嬉しいよ。 「あの、何か」 「美味しいか」 「宗吾さんも、もっと飲みます?」 「あぁもらおう」  今度は瑞樹が口づけたものだと思うと、少年のように心が高ぶった。  おいおい俺、一体何歳だよ。  あーでももうそろそろ限界だ。  函館で散々じらされた体が疼き出してしまう。 「やっぱり自宅はいいな。落ち着くな」 「ですね。旅もいいですが家に戻ってくるとホッとします。って……何だかすみません」 「何を謝る?」 「……厚かましいのですが、ここが僕の自宅みたいな気分になってしまって」 「可愛いことを。ここはもう瑞樹の自宅だ。もう、どこにもやらないからな」 「あっ……ハイ」 「覚悟しておけ!」  彼が恥ずかしい中に嬉しさを噛みしめている様子が伺えたので、俺もどんどん上機嫌になっていく。 「ほら、それ飲んでしまえ」 「くすっ、僕を酔わしてどうしようと?」 「どうされたい?」  そういう聞き方をわざとすると、瑞樹は頬を赤らめた。    夜風に吹かれて瑞樹の髪が乱れる。途端に色香が滲み出す。 「宗吾さんは意地悪ですね」 「そうか」  風に吹かれた前髪が彼の表情を隠したので指を伸ばし整えてやると、額が少し汗ばんでいた。芽生をおんぶしたせいなのか。それとも緊張しているのか。 「あっ、汗……すみません」  慌てて身を引こうとする彼の腕を掴んで制止した。といってもいつまでもベランダで交わす会話ではない。    ここからは大人の時間だ。 「風呂に入るか」 「……はい。汗をかいたので、そうさせて下さい」 「よし、じゃあ行こう」 「え?」 「一緒に入ろう!」 「えぇ?」  そのまま驚く彼をエスコートするように、脱衣場に連れて来た。 「来いよ。脱がしてやる」 「えっそんな」 「前夜祭だ。早くしないと当日になってしまう」 「それは……理由になっていませんよ。あっ」  口では抵抗しつつ瑞樹は俺に身を任せてくれるので、彼のシャツの釦をひとつひとつ、わざとゆっくり外し、どんどん肌色に剥いていく。  抵抗はしないが相当恥ずかしいようで、伏せた睫毛が震えていた。 「さっと洗ってやるから、そう心配するな」 「でも宗吾さんのことだから……心配です」 「うっ……それは俺もだ」 「もうっ……」  彼が着ていたシャツを袖から抜いて、はらりと床に落とす。 「あっ」  両胸の突起が緊張でツンと立ち上がっていた。 「早く抱きたい」  率直な飾らない言葉がついぽろっと零れてしまう。 「随分大胆ですね」  こういう時の瑞樹は色香が増している。  いつもの清楚な雰囲気とのギャップがいい。 「嫌か」 「いいえ」  上半身裸になった瑞樹がふわっと花のように笑って、俺のことを背伸びして抱きしめてくれた。彼にしては大胆な行動は、さっきのビールのせいか。 「そんな宗吾さんも……結構好きですよ」 「ははっ、だいぶ免疫がついたな」 「どうやら、そうみたいです」  今日の瑞樹はいい感じに力が抜けていた。  きっと……旅行を経て、強張っていた心と躰が解けだしているのだ。  そんな彼と過ごす一夜が、楽しみだ。  俺の元で、もっともっと自由に咲いて欲しい。  咲き乱れる程に。    

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