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選び選ばれて 2

「大がかりな結婚なので、会場のメインフラワーの高さは2m近くになる予定だ。 「うわっあああ!」  脚立に登らせて会場と花のバランスを確認してもらっていた金森が、突然ズリ落ちて来た。 「だっ大丈夫か」 「ううう、葉山先輩……実は俺、高所恐怖症なんですっ」 「はぁ?」 「すみません。マジダメで! うっ……しかもちょっと気持ち悪っ」 「えっ大丈夫か」    金森鉄平……大きな図体でそれはないよなぁと思いながらも、花の仕事では高い場所で無理な姿勢で活け込むこともあるので、この先大丈夫かと眉をひそめてしまった。  かといって、このまま無理をさせて怪我でもしたら大変だ。 「分かった。じゃあここは僕がやっておくから、君は少し休憩してきていいよ」 「すみません! ううっ」  やれやれと思いながら、僕は一人脚立に登り、活け込み作業を続けた。  今日の結婚式は、花嫁の希望で『白薔薇の庭園』がテーマだ。  五月の結婚式に相応しい。  僕も『純潔』を表す白薔薇の花が好きだ。  薔薇を片手に持ち、高所で花を直接デザインしていく。  この規模になると事前に作っておくことは出来ないので、結婚式当日の朝に活け込むことになる。 「はい、次の花……金森くん、取ってもらえる? あっ……そうか、いないのか」  手持ちの花がなくなったが、助手がいないので一旦下に降りようとしたら、脚立を握った右手に違和感を感じ……そのはずみで脚立が傾き、ぐらりと躰が横に揺れた。  まずい……っ、倒れる!落ちる!  高い所から飛び降りるのは怖い。あの日を思い出すから!  サーっと冷や汗が流れるのを感じ、スローモーションのように視界が移動していく。  そう思ったのに、何故か揺れが途中でピタリと止まり、斜めの視界が元に戻った。 「あっ……!危なかったっ」  すぐに足元を見下ろすと、見知らぬ青年が脚立が倒れないようにガシッと押さえていた。 「ふぅ、さっきから見ていたんですが、危ないですよ。ひとりじゃ」 「あっすみません」 「助手の人、トイレに走って行きましたね」 「あっはい」 「俺でよかったら手伝いましょうか」  黒のスーツをビシッと着こなした短髪で機敏そうな男性だ。その瞳はどこまでも温かく……信頼できそうだと直感した。 「ありがとうございます。すみませんが、そこの白薔薇を取って渡してもらえますか」 「了解です!」  ホテルのスタッフだろうか……手際も呑み込みもいい。  彼に花を次々と的確にパスしてもらい、僕は右手に花鋏を持ち、白薔薇をさしては整えていく作業を繰り返した。そのお陰で高所での作業はスムーズに終わった。 「本当にありがとうございます。助かりました」 「いえ、大丈夫ですよ。それよりちょっといいですか」 「はい?」  突然右手を取られ、焦ってしまった。  今日は色んな人に手を触られるな……とも。 「え? あ、あの?」 「失礼ですが、右手を怪我したことありますね」 「あっはい。でも、どうして?」 「少しだけ違和感を感じて、作業時はまだテーピングをした方が、負担になりませんよ」 「あっそういえば、医師もそんなことを」 「やはり。よかったら俺がしましょうか」 「え? いいんですか」  彼は心得があるようで、手を差し出すとその場で手際よくテーピングしてくれた。ぐっと負担が少なくなり楽になった。 「どうです? 鋏が響かなくなりますよね」 「確かに! 何から何までありがとうございます」 「いえ……何となくアイツに似ていて、手助けしたくなりました」 「……アイツ?」 「あっいえ、こっちの話で」  清潔感のある青年は、照れ臭そうに笑っていた。  親切な人だ。こういう優しさをさりげなく配れる人って素敵だ!  そのタイミングで金森が戻って来た。 「先輩ー復活しましたぁ!ってもう終わっちゃったんですか」 「うん。もう大丈夫か」 「はい! 先輩~やさしいっす」  金森との会話を聞いていた青年が、クスッと笑った。 「随分と懐かれているんですね。でも大変そうだ」 「ん? 誰っすか? この人」 「じゃあ助手くんも戻ってきたし、俺は仕事があるのでここで!」 「本当にありがとうございます」  名前も聞けなかったが、感謝の気持ちを込めて深くお辞儀をした。 「先輩、次は何を?」 「あぁチャペルの装飾に行こう」 「分かりました。これを運べばいいですか」 「そうだよ」  ホテルの庭園チャペルに、金森と大荷物を持って移動する。 「金森くん、転ばないようにね。今日は……花の代わりがあまりないから」  夜、雨が少し降ったのか、チャペルへの小路が滑りやすくなっていた。何となく嫌な予感がして声をかけたら、背後でベシャっと嫌な音がした。 「おいっ、大丈夫か」  口は達者なのに……動作がもしかして鈍いのでは?  蛙みたいに金森がひっくり返っていた。 「あっ花が!」 「あぁぁぁ!」  金森に持たせていた花が水たまりに浸かっていた。真っ白な白薔薇が泥色に染まる。 「まずい!」 「あぁどうしよう」  呆然としてしまった。結婚式当日に、今から活け込む花を泥水に20本も浸してしまうなんて。予備の花で補えない……足りない。 「けっ怪我はないか」 「葉山先輩は優しいですねぇやっぱり」 「ふざけてないで。真剣勝負なんだ。今は……一刻を争うんだ。早く代わりの白薔薇を手配しないと」 「え? でもちょっと浸っただけすよ。洗って使えば」 「駄目だ! 結婚式には使えない!」    少し声を荒げてしまい反省する。こういう時の僕はまだまだだ。 「す、すみません」 「ごめん。怒鳴って……とにかくホテルのフラワーショップを見てくるよ」 「わかりました」 「先にチャペルに運んで、下処理をしておいて」  落ち着け瑞樹。  きっとホテルでも扱っているだろう、汚れてしまった分だけあればいい。  必死に呼吸を整える。  ところが「すみません。あいにく今日に限って……白薔薇は扱っていなくて」と言われ途方に暮れてしまった。  はぁ順調にいかない時って、何もかも巡り合わせが悪くて、ついていないことが続く。  どうしようと悩んでいたら、目の前に見事なまでの大輪の白薔薇の花束を、すっと差し出されたので驚いた。  いつの間にか初老の男性が立っていた。 「これを使いますか。先ほどから白薔薇をお探しのようなので」 「え、よろしいのですか、あのっじゃあお代を」 「いえいえ、これは我が家に咲いていたものですから。お代はいりませんよ」 「こんな見事な白薔薇が咲いているのですか」 「えぇ」  なんて上品な男性なんだろう! まさにロマンス・グレーの紳士だ。 「思い出の白薔薇なので、大切に育てているのですよ」 「そんな大切なものを良いのですか」 「お祝いごとに使ってもらえるのなら、きっと彼も喜びます」  誰とは聞けなかったが、きっとこの男性の身近な大切な人なのだろう。  人は助け合って生きている……  誰かのピンチに手をさっと差し出せるのって、素敵だ。  僕は助けられている。  僕は誰かを助けられているだろうか。  大袈裟ではなく、さっきの青年や、このロマンスグレーの男性のように、困っている時にさりげない気配りが出来たらいい。 (宗吾さん、今、何をしていますか)  彼らの温かい瞳に、僕は宗吾さんを胸の中で思い出していた。  帰ったらこの話をしたい。  宗吾さんともっともっといろんな話をしたい。 あとがき (不要な方はスルーで) **** お仕事モードの瑞樹はいつもより男らしいかも。 青年と男性は、私の別の創作内のあの人とあの人でした! お分かりになりましたか~ ちょっとしたクロスオーバーを自作品でしてみました♡ 宗吾さんとのラブモードのターンが終わってしまいましたが、沢山のリアクションをありがとうございます。いつも更新の励みになっております。

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