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花の行先 4

「葉山、今日は助かったよ。ほらっこれ土産だ」 「えっ……いいのか。こんなに?」  菅野が持たせてくれたのは、スズランの花だった。 「残りものだけど」 「嬉しいよ。これ、ブーケにしてもいい?」 「あぁその方が持ち帰りやすいよな」 「うん」  菅野と話しながら手際よくブーケを作った。  スズランはその花姿全体が可愛いので、技は懲らさず、森に咲く花を摘んで束ねるイメージで扱う。すぐに可愛いブーケが完成した。 「出来たか。なぁ葉山はこの後、暇か。まだ早い時間だが、少し飲んで行くか」 「……」 「まだ帰れないんじゃないか」  図星だった。菅野の手伝いをしながら何度かスマホを確認したが、宗吾さんからの連絡は夕方まで一度も入っていなかった。  その事が……軽く僕を落ち込ませていた。  元夫婦同士、お互いの血を分けた子供を囲んで、きっと家族水入らずの時間を過ごしているのだろう。そんな家族団欒の場にどの面下げて帰れというのか。  僕だって、それ位の分別はある。  高層ビルの合間を縫って沈んでいく夕日を、寂寥感に苛まれながら見つめてしまった。 「葉山……おい、そんな顔すんなよ」 「……ごっ、ごめん」  今、優しい言葉をかけられたら泣いてしまいそうだ。 「行こうぜ。引っ越してから、いつもお前は飛ぶように帰ってしまうから、今日位はいいだろう。そんな顔のまま、帰せない」 「……ん」  結局、帰る決心がつかず、菅野と隣の駅までぶらぶらと歩き、賑やかな大衆居酒屋に入った。  今日はどこまでも騒がしい店の方がいい。賑やかな方がいい。  僕があまり喋らなくてもいいように……  周りのハイテンションな客の雰囲気に、自分の心を隠したくなる。 「ほら飲めよ」 「ありがとう」  生ビールのジョッキをコツンと合わせた。  一体……何に乾杯なのか。 「さっきの話……全部、当たっていたのか。つまり図星だったんだな」 「……あぁ」  菅野には、どうして全部分かってしまうのか不思議だ。 「やっぱりなぁ。そんな気がしていたよ」 「……まだちゃんと話していないのにバレバレだな」 「まぁ俺はお前のことは、よく見ているし、宗吾さんにも実際に会ったあるからな。同棲を始めてラブラブで上機嫌だった葉山がズドンと落ち込む要因は、その辺りだろう。元嫁とか元恋人、または子供絡みとかさ」  そうなのか……菅野は僕のことをよく理解してくれている。  それはいいのか、悪いのか。  そこまで察しているのなら、もう正直に話そう。信頼している菅野だからだ。 「実は今日は一緒に暮らしている彼の息子さんの誕生日なんだ。そこに離婚された奥さんが急に訪ねてきて……僕はその前にケーキ屋で偶然先に会って驚いてしまったので、家に戻らず会社に来てしまったわけさ」 「あぁそっか、なるほど」 「うん……僕の方から気を回すべきだったなと。今日はお母さんと過ごす時間を優先させて下さいって、先に彼に言うべきだったと後悔している」  口に出して、やっと僕が何にそんなにショックを受けているのか、認める事が出来た。 「馬鹿だなぁ。それはまたお前の悪い癖だ。なぁもう、そんなに遠慮するなよ。やっと……なんだろう? やっと一緒に暮らせるようになったんだろう。色々乗り越えてさ」 「うっ……」  もうそれ以上は言うな。駄目だ……本当に涙腺が崩壊してしまう。 「葉山、なぁ……泣けよ。ちゃんと泣いてから帰れよ」 「うっ……ん」  ほろりと涙が一筋頬を伝い降りた。我慢しようと思ったのに、菅野があんまりにも親身になってくれるから無理だった。 「ふぅ……お前はさ、いつだって我慢しちゃうだろう。昔……四宮先生との事だって……真相は全部溜め込んでしまったし、今日だってずっと言いたい事言えないで」 「ごっごめん。泣いたりして」 「いや……そんだけ好きなんだな。息子さんにとっては母親で大切な存在で大切な時間なのは分かるが……彼にとってはもう別れた奥さんでしかない。あんだけ瑞樹にべたぼれで溺愛しているんだから大丈夫だ。なっ今だけ、今日だけだ。自信持てよ」  今日だけ、今だけ……  分かっていても寂しいもんだな。  僕はいつのまにか、こんなにも欲深くなったのか。 「あー、もう、葉山はやっぱり謙虚だな。もっと欲張ってもいいのに、じれったくもなるよ」 「謙虚なんかじゃないよ。欲深い人間だよ。本当は……」 「少しの欲は必要だよ。どんな葉山でも大事な友達だ。元気だせよ」  今回の事は……答えが見つからない。  だから時間が過ぎるのを待つのみだ。  結局1時間ちょっと、居酒屋にいて、菅野に促されて帰宅の途についた。  帰れるかな。ちゃんと…… 「家まで送りたいけど、やめておくよ」 「大丈夫だよ。菅野に話を聞いてもらえて、もうスッキリした」    もう泣いていない。もう大丈夫だ。 「わかった。葉山、今日は偉かったな。一歩引いて母と子の時間を作ってあげた。もうきっと相手は帰っているぜ。あとはゆっくり彼に甘えろよ。きっと今頃さ、血眼で探してるぜ。今、俺が一緒に現れたら絶対に殴られそうだ」  冗談めいて言われたので、僕もやっと笑えた。 「そんなっ」 「じゃあ鞄の中見てみろよ。お前のスマホ、きっと大騒ぎだぞ」 「あっ……」  店内が煩くて気づかなかったが、横に置いた鞄の中のスマホがひっきりなしに震えていた。  ……宗吾さんからだ。 「もう、帰るよ」 「それがいい」 「今日はもう我慢しなくていいぞ。お疲れ」 「菅野……本当にありがとう」  もう、帰ろう。  もう帰ってもいいですか。  あなたの元に……  

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