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紫陽花の咲く道 11

 宗吾さんが、さり気なく荷物を持ってくれる。  気恥ずかしかったが、嬉しくもあった。  僕の左手は芽生くんとしっかりと繋がり、芽生くんもギュッと僕の手を握ってくれている。  細いホームを3人で歩くと、今の僕は新しい道を歩んでいるのだなと改めて感じた。 「あじさい寺に真っ直ぐ行こう!混む前がいい」  梅雨空の下……芽生くんを傘にいれて線路沿いの細い道を歩く。更に紫陽花が咲く小川沿いの道を進むと、10分程で『あじさい寺』に到着した。  宗吾さんって本当にフットワークの軽い人だ。  僕がまごまごしている間に、どんどん道を見つけて来てくれる。  新しい道でも躊躇なく進み、仮に行き止まりだったり、負担が多かったりすると、無理して突っ走ることはなく、回り道をしたり、引き返すことも厭わない。  男気のある性格で、頼もしい!  旅先で、こんな風に彼の潔さを垣間見る機会に恵まれると、惚れ増してしまうよ。 「さぁ入るぞ。ほらチケットだ」 「ありがとうございます!」  境内には、青い紫陽花が一面に広がっていた。  新緑の葉が雨の雫を乗せ、潤いのある景色が広がっている。  鎌倉石の緩い階段状の参道の左右には、紫陽花が咲き誇り圧巻だ。ガイドブックやポストカードで見た景色が、まさに眼前に広がっている。 「うわぁ境内一面、ブルーの紫陽花で溢れていますね。流石、鎌倉随一の名所ですね」  パンフレットには、満開時、約2,500株のヒメアジサイの青色で境内が染まると書かれていた。その言葉通りの景色に感無量だ。 「気に入ったか」 「えぇとても!」 「この紫陽花は、咲き始めから次第に色濃く変化するそうだから、まさに今が見頃だよ。それにしても本当に綺麗だな」 「ですね、紫陽花が綺麗過ぎて言葉も出ません」 「いや紫陽花も綺麗だが、俺には紫陽花の世界に佇む瑞樹が、綺麗すぎて言葉が出ないよ」  宗吾さんの熱い声が心の深くに届き、僕の心を優しく砕いていく。 「宗吾さんは、いつもそんな事ばかり」 「だが、本当のことだよ」  芽生くんは僕の足元にしゃがみ込んで、じっとカタツムリを探している。それを良い事に傘に隠れて甘い言葉を呟かれ、頬が火照ってしまうよ。  宗吾さんは、いつも僕を綺麗だと褒めてくれる。  僕の顔は母親似の女顔なので、人から綺麗と言われる事が確かに多かった。自分ではそんなに綺麗だとは思わないが、宗吾さんが心底嬉しそうに、僕を見つめてくれるのは、嫌じゃない。むしろ嬉しい。 「可愛くて綺麗だ」  雨の湿気で一段とうねった僕のくせ毛が跳ね、あちこちへ踊り出す。  心が跳ねる── 「ははっピョンピョン跳ねているな。君の髪の毛って可愛いよな。俺の指先にまた巻き付けたい」 「もっ……もうそれ以上は」  それっていつも僕を抱いた後に、余韻に浸りながら宗吾さんがやる癖だ!  そう思うと急激に面映ゆくなってしまう。 「あっおにいちゃん、あそこ見て! いってみよう」  芽生くんにぐいぐい手を引かれ近づくと、お堂の近くにお地蔵さんが置かれていた。 「へぇこの地蔵さんは『花おもい地蔵』だって。なんだか瑞樹みたいだな」  いつも季節の花を抱えているという、優しい顔立ちのお地蔵さんだった。  花が好きな僕のために、真っ先にここに連れてきてくれた宗吾さんの優しさが伝わり、しみじみとした。 「ありがとうございます」 「な、似てるだろう」 「そうでしょうか」  ブルーの紫陽花を両手一杯に抱えたお地蔵さんと、目があった。幸せだろうと聞かれているようで、照れ臭い。 「幸せそうに笑う所がさ」  そんな風に見えているのなら、嬉しい。  以前はよく寂し気な顔だと言われていたから。 「そういえば、芽生くん、カタツムリさんはいた?」 「いなかったー、でもきっとお泊りするお寺にはいると思うんだ」 「そうだね。着いたら一緒に探そうね」 「そろそろ出るか」 「あっ最後に売店を覗いてもいいですか」 「もちろんだ」  小さな売店には、このお寺にゆかりある月と兎をモチーフにしたグッズや、紫陽花のポストカードなど、上品な品物が所狭しと並んでいた。 「誰かに土産を?」 「はい……あの、函館の母と宗吾さんのお母さんに何か買いたくて」 「えっ」 「あっそんな事したら差し出がましいでしょうか」 「とんでもない! その逆だ。すごく嬉しいよ、俺は旅に出ても面倒で、そんなことしたことなかったからな」 「それなら良かったです」  この旅では……二人のお母さんにお揃いのお土産を買うと決めていた。 「これ、どう思います?」 「あぁ鈴もついていて、いいな。うちの母さんはこういう可愛いの好きだぞ」 「では、これにします!」  月と兎と紫陽花……  3つのチャームがついたキーホルダーを選んだ。  指で摘まんで揺らすと、鈴の音が心地よかった。  しあわせの呼び鈴だ。  実はこんな風に旅先で、家族にお土産を買ってみたいと、ずっと思っていた。  僕は家庭の事情で中学の修学旅行には行けなかった。高校は広樹兄さんが旅費を出してくれたので何とか行けたが、持たせてもらった土産代の五千円は使うのが勿体なく、申し訳なくて、そのまま突っ返してしまった苦い思い出がある。  広樹兄さんは顔をしかめたが……当時の僕は、それが最善だと信じていた。  馬鹿だな。そんなことよりも、旅先の美味しい物や思い出に残る物を渡して、楽しかった旅行の思い出話を沢山すればよかったのに。  お金より大切なものがある。  今となっては後悔ばかりだが、過去には戻れない。  でも今この先は、まだ何も決まっていない。  だから、今から変えて行こう! 「広樹兄さんには地ビールがいいかなと思って。あとで買いに行くのに付き合ってくださいね」 「いい店があるから案内するよ。あーでも、あいつは呑兵衛だからな。山のように送らねば」 「いや今回は量より質で勝負です。あと月影寺の皆さんにもビールを差し入れましょう」 「なんだか楽しいな、瑞樹とこんな風に土産物談義が出来るなんて」 「えぇ、僕も同じことを思っていました」  楽しい会話を続けながら、僕たちは次の目的地に移動する。  梅雨空も  しとしとと降る雨も  全部、旅のエッセンス。    次々に咲く紫陽花のような、僕の心。  

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