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紫陽花の咲く道 13

 美術館の庭には白薔薇と白い紫陽花が至る所に咲いており、レンガ造りのクラシカルな洋館に花を添えていた。 「宗吾さん、ここは……中庭がとても綺麗ですね。この白薔薇の品種はホワイトマジックという物ですよ。そういえば……今読んでいる本によく『白薔薇の洋館』という描写が出てくるのですが、そのイメージに近いです」 「へぇそうなのか。やはり花が家の近くに咲いているのはいいな。俺もいつか庭のある家に引っ越したくなったよ。君と一緒に」 「あ……いいですね。それ、僕の夢にしても?」 「あぁそうだな、君と同じ夢を抱けるのが嬉しいよ」  僕たちは静かに微笑みあった。  庭のある家か、確かにいいな。    上京してからずっとアパートやマンションなど、コンクリートの壁に囲まれた生活をしているので、憧れる。いつか大沼の両親が建てた家のように、僕も大地に根付いた家に住んでみたい。 「瑞樹とは、いずれ大地に根付いたような家に住みたいよ」 「えっどうしてそれ……今心の中で想ったことなのに」 「やっぱり? 瑞樹の考えが伝わってくるよ、ここにさ」  宗吾さんが朗らかに笑いながら、胸を叩く。  逞しい胸板にドンっと音が響くようで、心から頼もしい人だと思った。 「そろそろ中に入ってみよう」 「はい」 「瑞樹はこの絵本作家の事を知っていたか」 「はい。絵に見覚えがあります。大沼の子供部屋に何冊か絵本があったので、手に取って読んでいました」 「へぇ、やっぱり君は繊細だな。俺は絵本なんて、さっぱりだ」 「広樹兄さんと似ていますね。そういう所」  宗吾さんが、僕の事をいつも考えてくれているのが、しみじみと伝わって来る。この美術館は宗吾さんのイメージとは正反対で、淡い色合いの原画で埋め尽くされたメルヘンチックな空間だった。 「あれ? 何だか懐かしい感じがします」 「そういえば大沼の君の生家に似ていないか。漂う雰囲気が」 「本当に!」  パンフレットを確認すると、美術館のコンセプトとして、頼もしい父親と優しい母親、10歳と5歳の男の子一家がかつて住んでいた洋館のイメージでつくったと書かれていた。 「あぁそうか、だからですね。大沼の生家と家族構成が似ています」  僕はいつの間に、こんなにさらりと大沼の家族のことを語れるようになったのか。なんだか新鮮だな。連休に宗吾さんと訪れた成果なかもしれない。  もう彼に隠し事はない。  何でも話せる。  心の赴くままに―― ****  美術館は2階建てで、1階には原画が一定間隔で飾られていた。  どれも広々とした緑の草原や透明感溢れる青空に白い雲……その中にポツンと家や人、樹木などが描かれていた。  思いっきり深呼吸したくなるような、風が吹き抜けてくるような絵だったので、夢中になって見入ってしまった。 「瑞樹、二階にもあるみたいだぞ。行ってみるか」 「あっはい」  二階へ続く階段を上がると、芽生くんが嬉しそうに僕に教えてくれた。 「おにいちゃん、あそこに『ほっかいどう』って書いてあるよ」 「わぁ、よく読めたね。どこかな?」  一番奥の部屋に『特設展示~北海道の旅~』と張り紙があった。 「おっ瑞樹、タイムリーだな」 「はいっ」  特設展示会場は、子供部屋をモチーフにした白く爽やかな部屋で、白い壁には色とりどりの水彩画がずらりと並んでいた。 「あぁ北海道の景色です」 「そうだな。君の故郷だ」  透明感のある色彩で表現された、北の大地が待っていた。  一面に広がる牧草地。  青い空。  原っぱに並ぶ木立。  どの絵も懐かしい景色ばかりで、先日帰省したばかりなのに、何だか恋しくなってしまうよ。  この絵は、どうしてこんなに胸に迫ってくるのだろう。  最後の1枚に辿り着いた時に……腑に落ちた。 「あっこれ……」  それは『みずき』というタイトルの絵だった。  みずき……は、僕の名だ。  緑豊かな牧草地の上にはどこまでも澄んだ青空が広がっていて、真っ白な雲がぷかぷかと浮かんでいる。その雲の下に、母親と小さな男の子が背中を向けて立っている。空に手を伸ばして……  よく見ると……雲の上には天使が描かれている。  天使は夏樹に似ていた。  偶然だろうが、僕の名前のつく絵に胸が熱くなった。  もしも……  この小さな子供が僕で、しっかりと手を繋いでくれているのが母だったら。  離さないで欲しい。  この手を、ずっと……! 「……この絵のタイトル、君の名前と同じだな」 「はい」 「前から言おうと思っていたが『みずき』って名前綺麗だよな。『瑞』の「瑞々しい」の意味からは「生き生きとして艶やか」とか「フレッシュで若々しい」というイメージが沸くよ。それに『瑞』には『玉』という意味があるの知ってるか」 「いえ、それは知りませんでした」 「『玉』には『貴重な宝石』や『縁起が良い』という意味がある」 「そうなんですね。流石、宗吾さんです。詳しいです!」 「まぁ……ビールの商品開発を手伝った時に、勉強してな」  宗吾さんが僕の名の由来について、熱心に語ってくれる。それが嬉しい。 「きっと瑞樹の両親も君に名付ける時、沢山の願いを込めたんだろうな。『いつも新鮮な気持ちで頑張って欲しい』とか『豊かで充実した人生を送って欲しい』と……それから『幸運に恵まれますように』と願いもきっとさ」 宗吾さんが沢山語ってくれる。 母の代わりに― そのことにグッときて、涙が滲んでしまった。 「おいおい、泣かすつもりじゃなかったのだが」 「……嬉し涙ですよ、これは」  僕たちの様子をそっと見守ってくれていた美術館のスタッフの方が、『感想ノート』の存在を教えてくれた。 「よろしければ、今日の感動をこちらで記してみてはいかがですか」  案内されたのは図書コーナー。  そこには、来館した人がメッセージを書き残せるという『感想ノート』が何冊も置かれていた。ノートは開館当時、つまり30年以上前から書き綴られているとのこと。 「瑞樹、俺たちも書いてみるか」 「そうしましょう」 「ボクは、おえかきしたいな」    3人の思い出を、記すことにした。  今日という日をここに刻み、またいつか読み返しに来るために。  宗吾さんとの未来に、布石を打つ。

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