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紫陽花の咲く道 18

 水たまりで子供みたいに転び泥だらけになった瑞樹と洋くんが、仲良く風呂に入っている。 「宗吾さん、ビール飲むか」 「あぁ」 「とんだハプニングで……悪かったな。でも、よく来てくれたな」 「大丈夫だ。一晩世話になるよ」  俺は丈さんと、よく冷えたビールで再会を祝った。  ここは寺の離れ……丈さんと洋くんの住まいだ。どうやら建てられて間もないようで、新築のようにピカピカだ。よく手入れされているな。  大きなソファに大きな窓。広いバスルームに広いベッドと、ふたりのための家は、どこまでも規格外だ。  都会のマンション暮らしの俺には、羨ましい程だ。 ****  妙に広い湯船だったので、男二人でも余裕だった。  まして洋くんは本当にほっそりとした体格なので、同じく華奢な躰付きの僕となら、そんなに端っこに行かなくても大丈夫なのに……  洋くんはさっきから湯船の端にへばりつくようにして、胸元をさりげなく手で覆い隠し俯いていた。    あっ、そうか…… 「あの……洋くん、僕にはオープンにしていいよ。そこ……そんなに隠さなくても」 「えっあぁ……うう、もうバレバレだった?」 「分かるよ。痕、つけられているの……でも、どうか気にしないで」 「う……だから言ったのに。まさか今日俺があの水たまりに君を巻き添えにして転んで、一緒に湯船に浸かるとは思っていなかったので、ううう」  どうやら恥ずかしさで、一杯らしい。  躰を赤く染め、湯船に沈みそうになってしまったので、必死にフォローした。 「あぁもう気にしないで……僕だって……実はつけられている」 「えっ? でも瑞樹くんの肌には何もついてないが」  うっ、それはそうだけど……  芽生くんに一度指摘されて以来、『胸元や首筋、見える場所にキスマークを残すのは厳禁です!』っと宗吾さんにキツク言ってある。  でも彼は……簡単には諦めない男だった。 「胸元にはついていないんだけど、その……」 「あ……まさか」 「そう、そのまさかの場所につけられている」 「わぁ……そうか! そうなのか。君も大変だね……お気の毒とも」 「うっ胸に膨大な数のキスマークをつけられた洋くんに言われると、なんとも……」 「あっやっぱり……説得力ないよな」    洋くんが湯船の中で上気した頬で微笑むと、とんでもない色香だった。 「ところで、どのあたりなの? 俺に見せてくれないかな」 「ええつ!」 「だって瑞樹くん、俺の胸、ずーっと見ていたから」 「わっそれは謝る。ほんと際どい場所だから許して」 「ははっ冗談だよ」 「はぁぁ、よかった」  こんな会話を誰かとするなんて初めてで、少しワクワクしてきた。  お互い男同士の恋をしていて、しかも受け入れる方だ。僕には同じような立場の知り合いも友人もいないので、本当に洋くんはそういう意味でも貴重な友人だ。 「しかし、どうして痕を残したがるのだろうね? 毎度毎度……懲りずに飽きずに」 「そうだね。征服欲なのかな。それとも所有の証? 独占欲かな。うーん、それを言ったら俺たちだって、付けてもいいのでは?」 「なるほど。そうだね。僕もつけてみたいな。宗吾さんが困る場所に沢山」 「わー瑞樹くんって、結構、意地悪なのか」 「えっそんなつもりでは。いつも宗吾さんに意地悪されるから、たまにはいいかなと」 「それは同感だ。俺も丈につけたくなってきた。いいね。それ!」 「だよね」  まるで悪だくみをする子供みたいに、洋くんと作戦を練った。 「今日は逆の立場にさせてしまおうか」 「ふふ、丈、驚くだろうな」  僕たちは頭の中で、キスマークだらけになった相手を想像して、妖しい笑みをフフフと浮かべていた。  こんな風に息抜きするのも、悪くないな。  学生時代はどこかいつもセーブして、ふざけたりすることのなかった僕だから、とても新鮮な気持ちになっていた。    楽しみたいと思う。    目の前の状況を楽しむ余裕が、僕には出て来たのかもしれない。  宗吾さんと僕と芽生くん、三人で過ごす時間とはまた別の時間が広がっていく。

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