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紫陽花の咲く道 19

 風呂場で何をしているのか。  ビールを2杯飲み終わっても、瑞樹と洋くんは、未だにあがってこない。 「洋くん、大丈夫かな。風呂で倒れていないよな」  細くて色白の洋くんの事が、急に心配になってしまった。(もちろん瑞樹が第一だが) 「まったく……柄にもなく洋は、はしゃいで。すまないね。ここに友人を泊めるのも一緒に風呂に入るのも初めてだから、興奮しているのだろう」  そう言いながら、丈さんが浴室の扉をノックした。 「洋、いつまで入っている? そろそろあがらないと、また貧血を起こすぞ」 「あっ分かった。ごめん。丈、悪いが俺の着替え持ってきてくれない?」 「やれやれ」  そうだった。泥だらけのまま風呂場に直行したので着替えを持たずに入ったのだ。  ん……待てよ。それって瑞樹も同様だよな。  案の定、彼の恐縮した声も続いた。 「宗吾さん……あの、すみません。僕も同じくです。鞄から着替えを持って来てもらってもいいですか」 「あぁいいぜ」  どれどれと瑞樹の鞄を覗くと、明日の着替えしか見当たらない。  土産を買う分空けたという鞄の中には、大事そうに……あじさい寺のキーホルダーと芽生に買ってくれた絵本、瑞樹が選んだポストカードや一筆箋などが入っていた。  うーむ、これを着てしまうと、明日困るだろう。  とりあえず下着は持ったが、上着の方はどうすべきか悩んでしまった。 「どうした? 瑞樹くん、着替え持ってないのか」 「あぁ余分には入ってなくてな」 「なら洋の服を貸そう。サイズは問題ないと思うが」 「あーいや……」  洋くんといえども、男だ。  瑞樹が他の男の服を着るのは、どうも納得できないぞ。(と俺の狭い心が訴える) 「いや、俺のを貸すから大丈夫だ」 「宗吾さんのを?」 「あぁ余分に持ってきているから」 「ふぅん……準備いいな」  まるでこうなるのを見越していたかのように、実際にTシャツを余分に持っていた。しかも部屋着にするつもりだったので、俺でも大き目のゆったりサイズだ。  これは、いいな。  さっきの甘味処での話が尾を引いているのか。  思わず、ニヤリと笑ってしまった。 「なんだか楽しそうだな。それ」 「だろう、丈さんもせっかくだから自分のシャツを貸せばいいんじゃないか」 「なるほど。一緒に住み始めると、そういう楽しみを忘れてしまっていたな」  というわけで、着替えと称して、それぞれのシャツと下着を脱衣場に届けることにした。 *** 「洋、置いておくぞ」 「ありがとう」 「瑞樹くんのも一緒に置くよ」 「あっすみません。ありがとうございます」  洋くんと湯船に浸かっていたら、丈さんが突然入ってきたので、慌てて肩まで浸かった。ふぅ……この家のバスルーム、脱衣場との仕切りがないので丸見えだ。 「本当に、ここは洋くん仕様の家だよね」 「そうかな? 全部、丈の好みだよ」 「あっそうか、丈さん仕様だな」  洋くんが抱かれるための家だ。ここ……  すごいな。君は家ごと彼に愛されているんだね。  洋くんは、彼から深い愛を受け続けている。    それは彼の今の幸せを物語っているようで、僕の方まで嬉しくなった。 「さぁ上がろう」 「うん」  洋くんと僕は葉山の海に続いて、すっかり裸の付き合いだ。少し気恥ずかしかったが、ともに男性に愛される者同士だ。そう気にすることはない。  ところがバスタオルで躰を拭いて、用意された着替えを手に取ってみると……  ううう……と唸ってしまった。  もう宗吾さんって人は! これは宗吾さんのTシャツで、どう考えても僕には大きい!  あ、もしかして、さっきの甘味やさんでの話?  はぁ、どうしても僕の学生時代を見たかったのだなと思うと、やれやれと諦めも付くというか……しょうがない人だなと苦笑しながら、宗吾さんのTシャツを仕方なく着てみた。 「うわっ……」  やっぱり胸元がガバガバで、上から見下ろせば自分の乳首がばっちり見えてしまうのが、恥ずかしかった。  確かにこの寺の中なら安全だろうが、本当にいいのかな。  すると洋君が腰に白いバスタオルを巻きつけたまま、神妙な顔で僕を見ていた。  もしかして同情されてる?? 「ごめんね……見苦しいよね。宗吾さんって人は……はぁ……洋くんはいいね。相手が真面目な彼で」  羨ましく告げると、彼は無言で首を横に振った。 「いや、そうでもない。丈も……どうやら宗吾さんと同類のようだ」  洋くんは大きな大きな……白いシャツを広げて、神妙な顔つきで肩を竦めた。 「それはもしかして『彼シャツ』!……っとあっ、ごめん」  僕は何かの読みすぎなのか、それとも宗吾さんに感化され過ぎなのか。 「くすっ瑞樹くんって面白いね。そんなに清楚な雰囲気なのに……結構、頭の中が……」 「うっ、続きは何と?」 「ふふっ、結構、エッチ?」 「あぁぁ~違うって、そんなんじゃないよ! もうっ、また宗吾さんのせいだー!」  ブカブカのTシャツを着たままバスルームの床にしゃがみこむと、洋くんにじろっと胸元を覗き込まれた。 「ふぅん、なるほどね」 「あっ見た……今、見たよね?」  もう涙目だよ。 「うん、見た。よく見えた。宗吾さんの気持ち……分からないでもないな。瑞樹くんの反応が可愛すぎて」  洋くんは儚げで美しい青年なのに、今日はどこまでも愉快な笑みを浮かべている。もしかしたら洋くんも本来はこんな明るい性格だったのかな。彼も過去に早くに両親を亡くし苦労している。しかもあの軽井沢での告白……きっと僕以上に重たい辛い過去を背負っている人だ。だから本来の性格が影を潜めている時期が長かったのだろう。  僕には分かる……僕もそうだったから。 「ううう、……洋くんまで! 洋くんも早くそのシャツ着てみてくれないか」  こうなったら道連れだ。 「いいよ。ここはお互い協力しよう。魅惑的な姿で丈と宗吾さんを惑わして、酔わして、その後キスマークをつけるって、どうだろう?」 「あっ!いいね。それなら頑張れそうだ」  結局、僕はブカブカなTシャツ、洋くんはダボダボな彼シャツ姿で、バスルームから出た。  しかも……足元は剥き出しで、スースーだ。  芽生くんの面倒を看てもらっているのをいいことに、羽目外しすぎかな。  旅という非日常のシチュエーションが、僕を大胆にさせていくような。  一緒にこの状況を楽しんでくれる洋くんという友人がいるからなのかな。  こんな風にふざけたり砕けた事……  大学時代や会社の社員旅行でも殆どなかったので、新鮮で楽しいよ。 「お待たせしました。宗吾さん」 「えっ瑞樹……それっ……」  宗吾さん……自分が仕組んだことですよ? 「お待たせ、丈」 「うっ……洋、それはっ」  僕と洋くんの魅惑的(?)な姿を見て、宗吾さんも丈さんも慌ててズボンを取りに走った。 「瑞樹ー!!それは駄目だ! ヤバイ!ヤバい!」 「宗吾さんってば、もう、興奮しすぎですよ。そもそも宗吾さんが仕掛けたことでしょう」 「うっ、それはそうだが、やっぱり丈さんが見ていると思うとな。ほら早くその足しまえ。絶対に見せるなー」  なんだか世話焼きなオジさんになっていますよ。  と突っ込みたい。  洋くんも不機嫌そうな丈さんにズボンを渡されていた。 「洋も早く、履け」 「丈? どうしてムッとするんだ?」 「少しは気を付けてくれ」 「はぁ? そもそも、丈がしたことなのに?」  なんだか逆にお仕置きされてしまいそうな雰囲気で、居たたまれないな。  少し怪しい雲行きになった所で、お決まりのように丈さんのすぐ上のお兄さん、流さんがやってきた。 「おー風呂入ったか。ほら、チビスケもキレイさっぱりだ!」 「あっ芽生くん、お帰り!」  芽生くんは大柄な流さんに肩車をしてもらっていた。  僕と目があうとニコニコ笑って手を振ってくれて、可愛い。 「おにーちゃん、さっきねぇ。雨があがって虹が出たんだよ。ボク、虹をつかんだの。おにーちゃんにあげようと思って」 「そうなの? 見せて」 「うん、ほらっ!」  芽生くんがギュッと握っていた手を開くと、キラリと輝く虹の欠片が見えた!  

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