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家族の七夕 2

 駅に着き、もう一度スマホを確認すると、宗吾さんからのメッセージが届いていた。 「お帰り。俺も駅に着いたよ、早くおいで」  僕のために迎えに来てくれるだけでも十分なのに、こうやって小まめに声をかけてもらえるのが、身に染みて嬉しかった。  改札の右手、ロータリーに宗吾さんの車を見つけた。  濃紺の車体に嬉しさがこみ上げてくる。  僕が近づくと宗吾さんも気づいたらしく、ドアを開けて迎えてくれた。 「お帰り。疲れたろう。さぁ乗って」 「ただいま。ありがとうございます」 「はい」  後部座席に座ると、半袖のパジャマにパーカーを羽織った芽生くんもいた。  あっ石鹸のにおいがする。今日はもうパパとお風呂に入ったんだね。 「おにいちゃん、おつかれさまぁ~」 「うれしいな。ただいま、芽生くん」  些細なやり取りにも、僕の心はどんどん凪いでいくよ。  すぐに車が動き出す。  一刻も早く家に戻って休憩したいと願う、僕の気持ちを乗せて。 ****  なんだかホッとして、すごい眠気が……  必死に眠気と戦うが、瞼が重たくて閉じてしまった。  次の瞬間、芽生くんの声で目覚めた。 「おにいちゃん、おにいちゃんってばぁ~」 「あっ、ごめんね。僕、寝てた?」 「あぁ瑞樹、かなり疲れているんだな」 「すみません」  10分程度なのに、熟睡してしまって恥ずかしい。 「馬鹿、謝るな。リラックスしてもらえて嬉しいのに」 「はい……」 「それで歩けるか。歩けないのなら、いつもの抱っこをしてやりたいのだが」 「あっ歩けます!」    宗吾さんがワクワク聞いて来るので、赤面してしまった。  そして最初に宗吾さんのマンションに来た時のことを、思い出した。 「懐かしいな……瑞樹」 「えぇ」  宗吾さんも、どうやら同じ事を考えていたらしい。 「おにいちゃん、あの時、こんな風に抱っこされていたんだよね~」  芽生くんが羊のぬいぐるみを横抱きにして実演してくれたので、恥ずかしさが募った。    それにしても、いつもお気入りの羊のメイを持ち歩いているんだね。 「もう。芽生くん……それは忘れて」 「なんで? ボク、ずーっと、おぼえているよ」 「うわぁ……そうなの? 照れくさいよ」 「そんなことないよ。おにーちゃん、あの時、かわいかったよぉ」 「そ、そうかな」  そんなことは話しながらマンションの玄関まで歩いた。 「ただいま!」  今日は3人で声を揃えて、中に入る。  こういうのもいいな。皆の家なんだ……ここは!   「あっ、これどうしたのですか」  玄関に入ってすぐ目に入ったのは、笹の葉だった。  鏡の横に長い笹の葉が立てかけてあった。  今日は七夕なのに何も出来ないとがっかりしていたので、笹の葉が輝いて見えた。 「あぁこれか。芽生が幼稚園でもらってきてな」 「そうなんですね。すごく嬉しいです」 「そうか。いつもどうしたらいいのか分からなくて、実は毎年玄関で枯れさせていてさ……」 「じゃあ短冊を作ってみませんか。それを皆で飾りましょう!」 「わぁ! それなら、ようちえんで作ったよ。みんなでするのおもしろそう」 「うん。皆で願い事を書こうね」 「ボク、タンザク、たくさんつくるね~」 「ありがとう!」    そんな訳で、芽生くんは自分の部屋に籠って、短冊作りに夢中になってしまった。  僕が自分の部屋で溜息をつきながらネクタイを緩めていると、宗吾さんがノックして入って来た。 「やっぱりかなり疲れてるな。あまり無理するなよ」 「確かに今日は参りました。実は少しムッとすることがあって……」  いつもなら漏らさない愚痴を、つい宗吾さんには話してしまう。 「へぇ瑞樹も人の子だな。やっと一人前に怒ったり出来るようになったのか」 「……流石に面と向かっては言えませんでしたが」 「分かる。サラリーマンの辛い所だよなぁ。さぁおいで」  宗吾さんが優しくハグしてくれた。 「あっ、あの、今日はずっと人混みにいたので汚れていますから……まだ……駄目ですよ」 「んーいつならいい?」 「……お風呂に入ってから」 「そうかぁ、じゃあ早く入って来い」 「くすっ、そうしますね」 「夕食もちゃんと食べるんだぞ。俺はもう芽生と食べたが、晩酌に付き合うからな、その時には愚痴もしっかり吐き出すんだぞ」 「はい、ありがとうございます!」  なんだか至れり尽くせりだな。  以前だったら仕事で辛い事があっても、ひとりで踏ん張っていた。  商社勤務の一馬の方が遥かにハードな仕事だったから、愚痴を言えるような雰囲気でもなく、一馬の愚痴は聞いても、僕の愚痴なんて言えなかったのに。  一馬が去ってからも、毎日、生きていると色々あった。  いい日もあれば悪い日もあった。  晴れたり曇ったり、雨模様だったり……  人の気分は、天気のようにコロコロ変わるから大変だ。  でも家に帰ってきても、本音で愚痴を言えるような友人も作ってこなかった僕は、いつも孤独だった。  湯船に浸かり、それから汚れた体をボディソープで清めていくと、今日1日のモヤモヤも流れて行く心地だった。  最後の仕上げは……宗吾さんにしてもらおう。  躰をざっと拭いて脱衣場に出ると、宗吾さんがちょうど入って来たので、思わず腰にタオルをサッと巻いてしまった。  脱衣場の電気は蛍光灯だから、くっきりはっきり見えて恥ずかしい! 「お、隠すなよ。でも、いいタイミングだったな」 「もうっ」  宗吾さんは悪びれないで、僕を遠慮なく抱きしめてくる。 「よしよし、頑張ったな。偉かったぞ」 「そんな子供みたいに扱わないで下さい……」 「瑞樹は甘え下手だから、これ位強引でちょうどいいだろう?」  頭を撫でられ、その後、顎をクイっと持ち上げられて、唇をぴったり重ねられた。 「んっ……ふっ」    宗吾さんの呼吸と温もりを一気に感じると、躰が脱力してしまう。 「どうだ? 栄養、渡ったか」 「はい、元気になります」 「はぁ……可愛い、参ったな……」  宗吾さんは独り言のように、苦し気に呟く。 「このままもっと触れていたいが……まずは夕食だ」  僕の方も名残惜しい気持ちを感じていた。  触れ合いたい情動をセーブし、僕を気遣ってくれる宗吾さんの優しさが身に沁みた。  今宵は折しも七夕だ。  恋人同士が愛を語るにふさわしい夜。  今、宙を見上げれば……きっと ミルキーウェイ(天の川)が降りているのだろう。  都会では残念ながら肉眼で見えないが、確実に僕の心には降りてきている。  宗吾さんへの深い愛情が増してくる。   あとがき (不要な方はスルーで対応ください) **** 七夕の話が例によって終わりません。あと2話続きます…。 実は月影寺での指輪交換で第二部クライマックスのような気分になってしまったので、少し箸休め的なお話になっております。 彼らの日常の一コマなので単調かもしれませんが、お付き合いいただけたら嬉しいです♡

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