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家族の七夕 3
「駄目ですって、芽生くんが」
「少しだけ。さっき風呂からあがったらって言っただろう」
「それはっ……言いましたが、僕……まだ裸だから……困りますっ」
「それがいいんだよ」
宗吾さんの胸元にすっぽりと抱きしめられると、同じボディソープとシャンプーの匂いに包まれた。
「あっ同じ匂いですね」
「あぁ一緒に暮らしているからな」
「ですね」
そのまま、吸い寄せられるように唇を重ねようとしたら、芽生くんの足音が響いた。
「おにいちゃん、パパぁ~どこ?」
「おっおう! 今、行くぞ」
宗吾さんは決まり悪そうに鼻を擦った。
「あー、なんかこのパターン、懐かしいな」
「くすっ」
宗吾さんが用意してくれた夕食は、ハムや人参、卵焼きを星形でくり抜き、オクラを飾った、彩りの美しい七夕そうめんと唐揚げだった。
「わぁ七夕らしくて綺麗ですね」
「あぁ芽生と一緒に作ったんだ。型でくり抜いたのは芽生だぞ。まぁ唐揚げは駅ビルで買った物だが」
「いえ、季節感のあるご馳走です! 芽生くん、すごいね!」
「えへへ」
短冊にお願事を書いている芽生くんが、満面の笑みを浮かべた。
子供のこういう顔って、夜空に瞬く星のようだな。
「俺は七夕なんて興味なかったが、今年は違うよ」
「どんな風にですか」
「織姫と彦星は1年に1一度しか会えなかったが、瑞樹とはこうやって毎日顔を合わせられる。その事を当たり前だと思わないで、感謝する日なんだと思った」
相手の存在に感謝……
僕もそう感じていたので、宗吾さんと気持ちが通じ合って嬉しい!
「僕も本当は今日……宗吾さんに感謝の気持ちを込めて花束を渡したかったのですが、忙しくて……それどころじゃなくて残念です」
「気にするな。池袋の店は殺人的な忙しさだったろう」
「えぇターミナル駅に直結しているせいか、人の往来に目が回りそうでした。それに店長が癖があって」
僕にしては珍しく、今日我慢した事、辛かった事を、素直に口に出してしまった。
宗吾さんは僕にビールを注ぎながら、うんうんと優しく相槌を打ってくれた。
ただ聞いてもらうだけでも、こんなにも気持ちが晴れるものなのか。
そんな事、知らなかった。
「今日の瑞樹の頑張りと花に密に込めた思いは、きっと誰かの心に届いたはずだよ」
「……そうでしょうか。結局心を無にして花を作り続けてしまい、少し後悔があります」
すると宗吾さんは、急にスマホを出して何か検索し出した。
「おぉ! ほら、やっぱりあった。これって君が作ったアレンジメントじゃないか」
「え?」
どうやら池袋の加々美生花の店舗名と七夕・花束などで、検索してくれたらしい。
宗吾さんのスマホ画面に映っていたのは、確かに僕が作った白いダリアのアレンジメントだった。
店長に注意されたので、グリーンの他に淡いクリームイエローの小花で包んだものだ。自分が作った物なので、よく覚えている。
「ほら、ここ読んでみろ」
「え?」
『七夕なんで妻に初めて花束を贈りました! まさかの嬉し泣きにびっくり!心を動かす花束作ってくれた店員さんにお礼を言いたいな。ありがとう!まだ新婚なんで、奥さんの日頃の頑張りに対して、感謝の気持ちしっかり届けられました! なんか……花ってすごい!』
「なぁこれって、瑞樹のことだろう?」
「えぇ、確かに僕の作ったブーケです」
「よかったな。役に立てて」
「はいっ、すごく嬉しいです」
宗吾さんはいつだって僕の考えの、斜め上を行く!
今日だって話を聞いてもらえるだけで十分だったのに、こんな嬉しい報告を見つけてくれるなんて。
本当にサプライズだ!
「いい顔になったな」
「宗吾さん見つけてくれて、ありがとうございます。もうこれで今日の頑張りが報われた気分です!」
「よかったよ。俺も役に立てて嬉しい」
机の上で、宗吾さんと手を握り合った。
こういう信愛のスキンシップは芽生くんの前でも隠さないことにした。
「ふふふ、でーきた!」
芽生くんが嬉しそうに、カラフルな短冊を見せてくれた。
「おにいちゃんもパパもお願いごとして。ボクはもう書けたよ」
「何を書いたの?」
「んーナイショ。あとでつるしたらバレちゃうけどね。えへへ」
芽生くんに短冊と鉛筆を渡されたので、僕も宗吾さんも願い事を書いた。
その後ベランダに笹の葉を飾って、皆で短冊をつけた。
青や赤、黄色、銀色とカラフルな折り紙で作った短冊が、風にそよいでいた。
ちらっと見えた芽生くんの願い事が、心に響いた。
芽生くんは3枚作っていた。
1つ目は……
『ボクとパパとおにいちゃんが、ずっとしあわせにくらせますように』
嬉しい……僕も同じ事を願ったよ。
ありきたりかもしれないが、それが一番大切な願いだから。
2つ目は……
『ママにげんきなあかちゃんがうまれますように』
あぁ芽生くんなりに頑張っている……
必死に現実を受けとめているのだ。
幼い彼なりの精一杯の願い事。
本当に僕は芽生くんのことが大好きだ。そう思う瞬間だった。
そして3つ目には、とうとう堪えていた涙腺が崩壊してしまった。
『おにいちゃんが……おそらのほしになったおとうさんとおかあさんとナツキくんに、きょうだけはあえますように』
宗吾さんも、その短冊を一緒に見てくれた。
「よかったな、瑞樹……」
「はい、嬉しいです」
その晩は僕たちは芽生くんを挟んで手を繋いで眠りに落ちた。
「3人でならんでねると、ほんとうに川のじみたいだね。ボク、漢字もすこしならったんだよ」
芽生くんはそんなことを言いながら……すぐに眠りに落ちてしまった。
「さぁ瑞樹も、早く寝ろ。そして夢の中で会って来い。早くしないと七夕が終わってしまうぞ」
「あっ……はい」
さっきの短冊のことを言っているのだ。
宗吾さんの優しさが身に沁みる。
『瑞樹、瑞樹、元気だった?』
『お兄ちゃん、会いたかったよ』
「パパ……ママ、ナツキ!」
ほら、夢の中でちゃんと会えた。
お空の星になってしまった家族と。
夢の中の僕は、まだとても小さかった。
だから3人に、思いっきり抱っこされた。
「ふふっ、くすぐったい」
「あなた、幸せで満ちているわ」
「そうかな」
「よかったな。瑞樹」
「うん、パパ、ママ、ナツキ……僕は今、とても幸せだよ」
夜中にパッと目が覚めると、いつの間にか僕が真ん中で、芽生くんと宗吾さんが僕の躰を抱き枕のように、抱きしめていた。
夢にしてはリアルに抱っこされていると思ったら、なるほど。
くすっ。
「宗吾さん……会ってきましたよ。僕……ちゃんとみんなに会えました!」
そっと彼に報告した。
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