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家族の七夕 4

「そうか、よかったな」 「あ、宗吾さん、起きていたんですか」 「少し前にな」 「あの……今、何時ですか」 「まだ夜中の1時過ぎだよ。どうだった? みんな元気だったか」 「はい……家族から、今、幸せそうだって言われました」 「そうか、よかったな!それは嬉しいな」 「はい!嬉しくて夢の中で思わず笑ってしまいました」  瑞樹の口から自然に『家族』という言葉が聞けて、嬉しくなった。    本当は君の事が心配で、ずっと見守っていたんだよ。  というのは内緒さ。    いい夢を見ているか。   今、幸せな夢を―― 『瑞樹がいい夢を見られますように』というのが、俺の七夕の願いだった。  現実の世界で、今、瑞樹を幸せにするのは俺だが、今日だけは夢の中で幸せになって欲しいと思ったから。 「あぁ瑞樹は夢を見ながら、笑っていたよ」 「え? 本当ですか」 「あぁニコニコ笑って、凄く可愛かった」 「うわっ、それ恥ずかしいです。それで、ずっと僕を抱いて?」 「あぁ悪い。重たかったか」  そう……瑞樹は俺の腕の中で、可憐に微笑んでいた。  幼子の健やかな眠りのように。  君は男なのに『可憐』と言う言葉が本当に似合うと、しみじみと思ったよ。    今日は彼をこんな風に優しく抱きしめていたい気分だった。  いつもの癖で瑞樹の柔らかい髪を指先に絡めて、遊んでしまう。 「宗吾さんそれ好きですね。あの……重いというか、夢にしてはリアルに抱っこされている感じで、不思議でした。でも僕……いつの間に真ん中に?」 「あぁ芽生さ、最近寝相が悪いみたいで、冷房のタイマーが切れた途端に暑かったみたいで、瑞樹の上を跨いで転がっていったぞ、くくくっ」 「くすっ、そうだったのですね。それにしても……芽生くんは最近どんどん大きくなって。いつまで一緒に寝てくれるかな」 「どうだろ? 男の子だしな~でも男の子の方が甘えん坊なのかもな」  俺が幼稚園の頃はやんちゃ坊主で、母親になんて近づかなかった。    だが子供は一人ひとり個性が違うものだと、芽生を見ているとつくづく思うよ。俺にはなかっ部分を沢山持っている癖に顔が俺に似て来るのが興味深い。  どんな少年になって青年になって……いくのだろう。 「芽生くんは、本当に優しい子です。僕は芽生くんと暮せて、毎日楽しいです。七夕の願い事にもびっくりしましたよ」 「あぁ俺よりロマンチストだな。芽生は元々優しい子だったが、瑞樹と暮すようになってパワーアップした」 「ふふ、将来無敵ですね。心地いいです。無邪気な芽生くんが大好きです」 「ありがとうな。にしても、何だか目が覚めちゃったな」 「あっ、確かに」  という訳で、俺たちはリビングのソファに移動した。    「何か飲むか、ビールでも?」 「あの……今日はお酒じゃなくて、芽生くんがいつも飲んでいるのが飲みたいです」 「芽生の? あぁ、アレか」 「はい!」    俺が子供の頃からある定番の乳酸飲料を炭酸で希釈して、青いストローをさして出してやると、瑞樹はあどけなく笑った。 「ありがとうございます。美味しそう……!」  あれ? 今日の君は不思議といつもより幼く見えるな。 「あぁやっぱり懐かしい味ですね、昔、夏になると、これをよく飲んでいました」 「へぇ、夏樹くんも好きだった?」  今日の瑞樹が話すことは、大沼での思い出だろう。 「はい。これは僕たち兄弟のお気にいりで。お風呂上りにママ……あっ、すみません。お母さんが作ってくれて」   照れくさそうに、瑞樹は慌ててストローを吸った。 「そうか」 「宗吾さんも好きでした?」 「いや、俺は牛乳党だったな」 「あぁだからそんなに背が高く、逞しくなったんですね」 「大きくなりたかったからなぁ。男らしくな」 「とてもカッコいいです」  甘い瞳、ストローを吸うために窄めた唇。  可愛い瑞樹は、すぐ隣にいる。 「なぁ……キスしてもいいのか」 「えっと、わざわざ聞かなくても……」  瑞樹は俺の方を向いて、瞼をそっと閉じてくれた。  顎を掬い、唇を重ねると…… 「あ、この味……」  爽やかな甘さが漂っていた。  なんというか七夕の夜に相応しい、恋の味。 「初恋ですよ……宗吾さんに」 「え?」  瑞樹が俺の左手薬指の指輪に、そっと触れた。  だが瑞樹の言っている意味が、すぐには呑み込めなかった。  前の彼氏とは嫌いになって別れたわけでないのを知っているから。  初恋は俺じゃないはず…… 「初めてなんです」 「だが……君は」 「さっきみたいに……愚痴を言えるのも、未来を共に過ごしたいと願うのも……今を楽しもうと思えるのも、全部……宗吾さんだからなんです」  なるほどそういう意味での『初めての恋』なのか。 「瑞樹、嬉しいよ。その言葉、夜空の星以上に輝いている!」 「ふふ、今日の宗吾さんはロマンチックですね」 「いつもだよ」 「くすっ」  それから俺たちは……今宵は口づけだけで満足出来ると思えるように、何度も何度もキスを繰り返した。 「ふっ……宗吾さん、キスって気持ちいいですね」 「そうだな」  確かに不思議だ。  キスは唇と唇が触れ合うだけのシンプルな行為なのに……  愛しあう俺たちにとっては、まるでおとぎ話の『魔法』のようだ。  そういえば以前……キスの科学的根拠について描かれた外国の記事を見かけたな。  確かキスには『愛』の他に『安心』を感じる役割も担っていると書いてあった。  俺たちは皆この世に産まれた時に、誰に教えられることなく母親の乳を本能的に吸う。これが生まれて初めての唇への外部的な刺激だ。  つまり唇を使って触れ合うことには……安全で満たされるものという乳幼児の体験が、生涯記憶されているのだろう。  だから人はキスをしあうと、互いに深い愛情を感じる。  人の唇は、敏感だ。  少し触れるだけで過敏に反応できる性感帯なのだ。  ここには、男女の性別の差なんてない。  平等に与え、受け取ることの出来る器官なのだ。    キスによって言葉でのコミュニケーションを超えて、家族としての絆も深められる。  ディープキスは瑞樹とだけの特権だ。  だから俺たちはキスを深め、耽った。  夜空に瞬く星の数だけ、生涯、キスをし続けたいと願った。  七夕の夜──  愛が瞬く夜だった。 『家族の七夕』 了

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