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箱庭の外 2

 月曜日、出社してすぐリーダーの所に行った。  宗吾さんに背中を押してもらえたので、会社の自己啓発制度に初めて申し出ることが出来た。 「葉山がフラワーセラピストの資格か。へぇいいんじゃないか。早速、人事課に打診してみるよ」 「ありがとうございます! ぜひお願いします」  そして後日、リーダーから嬉しい返事をもらえた。 「葉山、先日の話だが、許可が下りたぞ。君のような癒しのフラワーアーティストには必要不可欠な知識だと思うってさ。良かったな。早速手配したから、しっかり学んで来い」 「嬉しいです! ありがとうございます」 「あぁ頑張って来い」  その晩は平日だったが、宗吾さんとビールを多めに飲んで喜びを分かち合った。 「宗吾さんのお陰です」 「いや、瑞樹の日頃の頑張りが認められた。良かったな。それでいつから通う?」 「あ……それがですね」 「ん、何か不都合でも?」 「短期集中なので……」 「あっ、もしかして金曜日の夜とか休日なのかー」 「……そうなんです。すみません。僕が受ける講習は金曜日の夜と日曜日の午前中と指定されて……その、夜間休日コースでした」  金曜日の夜は、宗吾さんに抱いてもらう貴重な時間なのに。  日曜日の朝は、家族でゆっくり過ごす時間なのに。  研修を会社の経費で受けさせてもらえるのは嬉しいが、スケジュールまでは希望を出せなかった。    どうしよう……嬉しいのに、何だか少し寂しいな。 「こら、そんな顔すんな」 「ですが」 「君にとって、せっかくのチャンスだろう」 「はい……」 「ならもっと喜べ。俺は君を縛るつもりはないんだ。そりゃ……寂しいが、瑞樹のことだから、ちゃんと埋め合わせしてくれるよな?」 「うっ埋め合わせですか」 「そう、いいだろう?」 「あっ……はい、もちろんです」 「そうかそうか。嬉しいよ。期待している」  宗吾さんは、いつも優しい。大らかな気持ちを持っている。  そう言ってもらえて、ホッとした。  一度に2つの幸せを手に入れるのが怖くて臆病になってしまう僕を、明るい気持ちへと誘ってくれる。  いつだって、いつも──   「あっ、洗濯終わりましたね。僕、干してきます」 「ありがとう。しかし夜干すのっていいな。思いつかなかったよ」 「朝は忙しいですからね。お互いに」 「あぁ、じゃあ俺は食器を下げて片付けてくるから任せていいか」 「はい!」  洗面所に行く途中に、子供部屋を覗くと、芽生くんが机に向かって何かしていた。 「芽生くん、まだ寝ないの?」 「うん……あのね、もう少しおえかきしたくて」 「いいよ。あっまたクローバーを描いているの?」 「あのね、色がうまれるのが、おもしろくて」 「うん?」 「今までだったら、このみどり色だけでかいていたんだけどね。青と黄色でまぜると、もっときれいな色になるんだね」 「あぁそうか、この前公園で、教えてもらったんだね」 「そう!」  芽生くんがスケッチブックを広げて見せてくれた。 「これはねぇ、昨日かいたんだよ」  わぁ、一面のクローバー畑だ。 「いろんなみどり色があるでしょう」 「うん、本当だ。濃かったり薄かったりして、とても綺麗だね」 「これはね……ボクだけの色なんだよ」 「本当に素敵だよ」  芽生くんが瞳をキラキラと輝かせている。  小さな子供の吸収力、好奇心っていいな。  僕は芽生くんからパワーを分けてもらっている。 「じゃあ、洗濯を干してくるね」 「おにいちゃん、おてつだいするよ」 「大丈夫だよ。あとでまた覗くね」 「うん!」  ベランダで洗濯物を干していると、宗吾さんがやってきた。 「あ、もう洗い物は終わったのですか」 「あぁ、食洗器さまが洗ってくれているよ」 「ふふっ便利ですよね。やっぱりキッチンに導入してよかったですね」 「君と過ごせる時間が増えた」 「くすっ、僕も同じこと思っていました」 「干すの、手伝うよ」 「ありがとうございます」  ビールで火照った頬が夜風に当たると、気持ち良かった。  宗吾さんも上機嫌だ。  宗吾さんと一緒にいられると思うと、何でもない家事も楽しくなる。  ここはマンションの小さなベランダ……  僕が置いた大きなプランターが場所を占めており、少し動くだけで宗吾さんの躰に触れるので、何となくそわそわ……ドキドキしてくる。 「瑞樹さぁ」 「はい?」 「今、俺を意識してるだろう」 「……していませんよ」 「くくっ君は顔に出やすいな」 「もうっ」  宗吾さんに言われると図星なので動揺して、手に持っていた洗濯物を下に落としてしまった。 「あっ、すみません」 「いや、俺こそ」  同時にしゃがみ込んで洗濯物を拾おうとしたので、額がゴツンっとぶつかってしまった。 「痛っ」 「わ! ごめん。俺、石頭だよな」 「くすっ、大丈夫ですよ」  至近距離で顔を見合わせることになり、僕の頬がもう一段階、赤くなった。 「あぁ君って本当に」  宗吾さんが、僕の額にチュッとキスをした。 「えっ!!」 「馬鹿、静かに」 「で、ですが、ここベランダです」 「しゃがんでいるから見えないよ」 「でも……」 「静かにしないと」 (えっ……)  次の言葉は、宗吾さんの中に呑み込まれてしまった。  ベランダにしゃがんでいるから外からは見えないとはいえ、街灯や通りの人の話し声……車の音が聴こえてくる中で、宗吾さんとキスするのは刺激が強すぎて…… 「はぁ、ふっ……んっ」 「いいね。こういうのも」 「……僕はよくないです」 「だが埋め合わせしてくれるんだろう。金曜日の分を平日に分散しよう。うん、ベランダも萌えるな」 「もうっ……何を言うんですか」  変なことを言われて、変な汗が出た。  無意識のうちに拾った洗濯もので、汗を拭おうとしていたらしい。 「うわっ、瑞樹、ストップー!」 「え? あっ、わ!」  僕が握りしめていたのは宗吾さんのボクサーパンツ!!!! 「ちょっ……また2枚も!!」  ……油断していた。  さっき1枚干したので……油断していた!!

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