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夏便り 2

 焼きそばの屋台に近づくと、すごい行列になっていた。  宗吾さん、大丈夫かな。  テントの奥で大量の汗を流しながら焼きそばを炒めている姿は、想像より過酷だった。着ていたTシャツは汗でぐっしょり滲んでいるし、いつの間にか肩に白いタオルまでかけて必死の形相だ。  忙しそうだな。  変に邪魔したくない……  いつもの僕なら、その時点でそっと場を離れるのに、今日は芽生くんが許してくれなかった。 「おにいちゃん? ダメだよ、にげちゃ。ここにならぼう!」  逃げる? その発想はなかったが……  そういう風に見えるのかと驚き、幼い子供の視点って結構シビアだなと苦笑してしまった。 「う、うん」 「ボクもパパの焼きそばたべたいもん。ねっ!」 「それは……そうだけど」 「もう~おにいちゃんってば」  今日の僕は、自分でもウジウジしていると認めてしまう。  もしかして浴衣姿のママさんに妬いてしまったのかな。  いつだって自分は一番最後でいいと思っていたのに、宗吾さんに関してはどうも違うようだ。  今まで誰かに強い独占欲を抱いた事はなかったので、自分の感情に戸惑っている。  宗吾さんの一番になりたくて──  やがて僕の順番が巡って来た。 「次の人、何人前ですか」    宗吾さんがパッと顔を上げたので、ばっちり目が合った。 「あっ瑞樹か」 「はい……あの、焼きそばを二人前下さい」 「おう!ちょっと待ってろ。いいの作ってやるからな」 「ありがとうございます」  なんだか照れくさい。こんな風に他人行儀に接するのって。 「おにいちゃん、そうだ。これ、コータくんのママからもらったよ」 「え?」  わ、冷たい……!  芽生くんから、突然お茶のペットボトルを手渡された。 「おにいちゃん、ほらぁパパにバトンだよ」  芽生くんがワクワク、キラキラした瞳で僕を見上げている。    あっそうか。バトンだね! 「はい、お待たせ」 「あっあの、これ差し入れです」  気がつくと両手でペットボトルを差し出していた。    ぺこりとお辞儀までして……  何だかこれって、まるでバレンタインの日の愛の告白みたいだ! 「サンキュ!瑞樹」  宗吾さんから力強く名前を呼ばれて、胸がドクリと鳴った。  彼は魅力的な人だ。 「それじゃ……」 「瑞樹、あと1時間でお役御免になるから、盆踊りしながら待っていてくれ」 「あ、はい」  火照っていた。  手渡された焼きそばが熱いのか、僕の身体が熱いのか分からない。  僕はまた……宗吾さんに恋をしたようだ。  去年、彼と出逢い、付き合い出して、今年ようやく躰を繋げて……  そしてまた恋をする。  きっとこれからも繰り返していく。  何度も何度も――恋をして、愛が深まっていく。  そんな熱い予感に包まれる夜だった。 「おにいちゃん、あそこの席空いているよ」 「座って食べようね」 「うん!」  飲食ブースのテーブル席に芽生くんと向かいあって座り、割りばしを割ってあげていると、ちょうど盆踊りが始まった。  賑やかな音楽が流れ出し、すぐに人の輪が出来ていく。  へぇ盆踊りなんていつぶりだろう?   「おにいちゃん、たのしそうだね。やきそば、はやくたべちゃおうよ」 「そうだね」 「たべたら、あの中にはいって、おどろうね」 「うん、そうしよう」  宗吾さんが汗水垂らして作ってくれた焼きそばは、麵が少しカリッと焦げていて美味しかった。    カリカリした物が好きな僕向けになっているのかも。  そう思うと嬉しさが込み上げてくる。  そういえば……遠い昔、故郷の大沼でも夏祭りがあったな。  両親にしっかり手を繋がれた僕は、色鮮やかで賑やかな屋台が並ぶ道を歩いていた。    まだ夏樹が生まれる前の思い出だ。  見上げれば、お父さんとお母さんの笑顔。僕は青地の甚平を着て、狐のお面を頭につけていた。 『瑞樹、何を食べたい?』 『わぁ……僕、あれがいいなぁ』  僕が指さしたのは焼きそばの屋台。  中で男の人が汗水垂らして焼きそばを炒めていて、その姿が格好いいなと、子供心に思った。今考えると、今日の宗吾さんに似ているかも。 「おにいちゃん、早く早く」 「うん、でもちゃんと踊れるかな」 「やってみないと、はじまらないよ!」 「……確かにそうだね」  確かにそうだ。  最初の一歩を踏み出さないと、何も始まらない。  待っているだけじゃ駄目だ。  TOKYO音頭は踊ったことなかったが、見様見真似で挑戦してみた。  盆踊りは、本来お盆に帰ってきた祖先の霊たちを迎え送るための念仏踊りとして始まった宗教行事で、誰もが気軽に参加出来る、亡くなった人に思いを馳せ、供養するための踊り。  僕も亡くした家族を偲びながら、無心に踊り続けた。  去年まではお盆だから何かしようという積極的な気持ちは起こらなかったのに、今年は違う。  天国から、しあわせになった僕を見て欲しいと願っていた。 「おにいちゃん、じょうずだねぇ」 「そうかな」 「ほら、パパも、あっちからニコニコみているよ」 「えっ」  テントを見ると、脇で休憩している宗吾さんと目が合った。  視線がバチッと交わされる。  その途端、熱い風がぶわっと吹き抜けていった。    まるで熱視線だ――  宗吾さんは口角を上げ、手を振ってくれた。  あ……カッコいい。  もう、さっきから僕は変だ。  きっとお祭りの熱気にやられているのだ。  視線に抱かれているような心地がするなんて──

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