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夏便り 3

「瑞樹は今日、俺に惚れ直しただろう」  いきなり核心を突かれ、図星を指されてしまった。 「えっ……そっそんなことないです!」 「そうかぁ?」 「そうです!」  でも素直に認められなかった。  だってまだ帰り道だし……芽生くんが傍で聞いているから照れくさい。  踊り疲れた芽生くんは、今日は宗吾さんの広い背中におんぶされていた。 「芽生くん、楽しかったね」 「……」  あれ? さっきまで起きていたのに眠ってしまったのかな。  宗吾さんのTシャツを握りしめていた小さな手が、ぶらりと脱力した。  指にかけていたヨーヨーが落っこちそうだ!  慌ててそれを預かり、僕の指にかけてみた。  あっ……この水の重み、懐かしいな。  勢いよく叩いたら輪ゴムがブチっと切れて割れてしまった事があったな。道端でエーンエーンと泣いたのは幼い僕で、よしよしと慰めてくれた大きな手は、父の手だった。  僕の父も今思えば宗吾さんのように逞しい人だったなと、朧げな記憶を手繰り寄せていた。 「ふっ君は案外素直じゃないのかもな。でも今日の瑞樹は、いつにも増して可愛かったぞ」 「えっ」 「俺の目……祭りの熱気にやられたかな」 「う……」 「浴衣姿の女性より、君の姿ばかり追っていた」  照れもせずに堂々と言ってのけるのが、宗吾さんらしい。  僕はこんな時、どう答えていいのか分からなくなる。  宗吾さんが僕の欲しい言葉ばかりくれるのが、嬉しいのに。 「なぁ、今年のお盆休みは、俺の実家に君を連れていってもいいか」 「え……」 「函館に帰らなくて大丈夫か」 「ええっと……今年はこっちで過ごそうと思っていました。五月の連休に帰省したばかりだし、お母さんの事も心配なので」 「ありがとう。君はもう……俺の家の家族でもあるよ」 「そんな風に言って下さって嬉しいです」  心から素直に、感謝の言葉を言えた。 「それでさ、例の兄夫婦も来るが、いいかな」 「……大丈夫ですか。あの、僕、お邪魔では? 大切なお盆の行事に」  やっぱり、まだ少しだけ不安になってしまう。 「そんな心配は不要だよ。むしろ兄から強く頼まれていてね」 「え?」 「今年は珍しく兄夫婦が東京にいて時間もあるからお盆に集まる事になってさ……その時必ず『可愛い瑞樹』を連れて来いって五月蠅くてな」 「か……可愛い?って」 「だろ?『可愛い』は余計だよな」  あのっ兄弟の会話とテンションについていけないんですけど…… 「えっと」 「はは。その形容詞は俺だけの特権だからな。しかし瑞樹よぉ。あの堅物の兄までメロメロにするとは、俺は君の行く末が心配だよ」 「な、何が心配なんですか」 「今日だって盆踊り会場で、知らない人から声をかけられないか不安だった。だからずっと目で追ってしまった」 「……何もありませんでしたよ」 「良かったよ、じゃあ俺の視線で君を独占出来たわけだな」 「くすっ、はい」  宗吾さんの視線なら大歓迎だ。  あなたの視線で絡め捕って欲しい位に、僕も欲しているから。  とは、やっぱり言えなくて……また照れ臭くなって俯いてしまった。 「瑞樹……俺は今日、また君に恋したよ」  あ、同じだ!   また同じことを考えている。  それが嬉しくて堪らない。  僕たち何度でも恋をする。 「僕も……同じですよ、宗吾さんに恋しました!」 **** 「瑞樹、元気か」 「広樹兄さん!」  その晩、函館から久しぶりに電話があった。  広樹兄さんの声を聞けて、嬉しい! 「俺の瑞樹よぉ……宗吾に虐められていないか」 「くすっ大丈夫だよ」 「そうか、ならよかったよ。元気にやっているようだな。声が明るいぞ」 「そうかな?」 「瑞樹が元気だと俺まで嬉しくなるよ。やっぱり瑞樹は俺の元気の源さ」 「兄さんってば」  広樹兄さんは、いつだってこんな調子だ。兄として僕を溺愛してくれている。いつも函館から気にかけてくれて嬉しくなるよ。 「そうだ。今年はこっちには帰省しないんだろう?」 「うん……連休に帰ったばかりなので、いいかな?」 「大丈夫だ。じゃあお盆休みは何して過ごすんだ?」 「それが……宗吾さんのお母さんが病気で入院してしまって、きっと退院したばかりになるから、皆で泊まりに行こうと」 「えっ驚いたよ。そうだったのか。大変だったな。お前、大丈夫なのか、確か宗吾には兄がいたんじゃ、何か言われなかったか」  広樹兄さんの声が、突然曇ってしまった。  その理由も……心配も、分かるよ。 「最初は気まずかったけれども、僕とお兄さんご夫妻には、不思議な縁があってね、僕という存在を割とすぐに受け入れてもらえたんだ。まだ信じられないけれども」 「そうか、良かったな。瑞樹の日頃の行いが報われたな」 「兄さん……」 「きっとすぐに『可愛い瑞樹』って呼ばれるようになるさ。お前は優しくて思い遣りがあって、真面目に可愛いから大丈夫だ」    もう言われていると告げたら、兄さんまで妙な焼きもちを焼きそうなので、黙っておいた。やっぱり宗吾さんと広樹兄さんって、被る部分があるな。 「ありがとう! そう思ってもらえるように精進するよ」 「おう。そのままでいい。瑞樹は素のままがいいんだ」  広樹兄さんの励ましのお陰で、ますます前向きな気持ちになれた。 「あの、お母さんは元気?」 「あぁ、今、かわるよ」  無性に函館の母の声も聴きたくなった。 「もしもし瑞樹」 「お母さん!」 「お盆に会えないのは残念だけど、また帰ってきなさいね。それと滝沢さんのご入院、大変だったわね。こっちは気にしないで傍にいてあげて」 「ありがとうございます」 「そうそう、あなたの好きなものを詰めて宅急便を送ったから、受け取ってね」 「本当? 嬉しいよ! 」 「みんなで仲良く食べてね」 「はい」  函館の母から届く荷物には、いつも僕の好きなものがギュウギュウに詰められている。僕の事を考えて選んでくれた優しい気持ちも、ギュウギュウに詰められている。  だから開けると、とても幸せな気持ちになる。 「お母さん、いつもありがとう」 「まぁこの子ったら。瑞樹こそ毎月仕送りしてくれてありがとう。もう、いいのに……」 「……僕が送りたくて」 「ありがとう。正直助かっているわ。瑞樹、頼りになるわ」  僕は……いろんな人から、いろんなカタチで、日々愛情を受けている。  毎日、愛情を贈ったり、受け取ったりの繰り返しだ。  人は一人の力で生きているわけではないと、今日みたいに行き交う愛情を目の当たりにすると、しみじみと思ってしまう。  いつも誰かに支えられている。  気が付かない所からもそっと。  大切な事を、忘れないでいたい。  故郷の温もりに触れた電話を切ると、じわりと満ち足りた気持ちになっていた。  宗吾さんが僕を後ろから優しく抱きしめてくれた。  まだカーテンを閉めていなかったので、僕と宗吾さんの影が窓硝子に映り込み、静かに重なり合った。  まるで映画のワンシーンみたいだな。 「良かったな。とてもいい表情だ」 「宗吾さん……」 「君は、ますます瑞々しく潤っていくな」 「宗吾さんのおかげです。あなたが傍にいてくれると、自分に自信を持てるし、優しくなれます」 「……嬉しい事を」  宗吾さんが片手でシュッとカーテンを閉め、僕をそこへ埋めてキスをした。  深い深い……夜のキスをした。    

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