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夏便り 10

    一気に話し終えると、膝に置いていた手が小さく震えていた。  隣で見守ってくれていた宗吾さんが、僕の背にさりげなく手を回してくれた。 「瑞樹、頑張ったな」 「僕……ちゃんと話せましたか」 「あぁばっちりだ」  宗吾さんにそう言ってもらえてホッとした。  「兄さん、俺から補足してもいいか」 「何をだ?」 「実は瑞樹と、6月に結婚した」 「えっ、お前……何言って? 結婚ってどういう意味だ? この国では同性婚は無理だろう」  憲吾さんに思いっきり怪訝な顔をされてしまった。  宗吾さん? どうして今そんな事を…… 「それは理解している。だから俺たちは心の中で結婚した。ほら見てくれ! 指輪も交換した」  宗吾さんが自分の左手で、僕の左手を掴んで、憲吾さんに見せた。  交換した指輪が重なった。  この状況……吉と出るか凶と出るか。  怖くて顔を上げられない。 「まぁ素敵ね~! 綺麗なデザインの指輪だわ」  沈黙を破ったのは、美智さんだった。  うっとりした声が、場を和ませてくれた。 「ありがとう。お義姉さん。彼とふたりで選んだんだ」 「……宗吾がそこまで。ふたりがどんなに本気なのが伝わるな。もう俺からは、何も言う事はない。お前の人生だ。しっかり責任を持って歩んでくれるなら、それでいい」 「兄さん……ありがとう」  憲吾さんと視線がぶつかった。 「瑞樹くん、生い立ちから話してくれてありがとう。言い難い事もあったろうに……君の口から聞けて良かったよ」 「あの……でも、実はまだ全部話せていません。どうして宗吾さんとあの日公園で出会ったか。僕の身に何があったのかを……」 「いや、瑞樹くん、もう十分だよ」 「ですがっ──」  まだ一馬との別れも、あの事件の事も話せていないのに。 「物事には、わざわざ掘り返さなくていい事もあるからね」 「憲吾さん……」  憲吾さんは、既にお母さんから聞いているのだろうか。それとも……  真意が掴めなく戸惑っていると、場の雰囲気がガラッと変わることを言われて違う意味で驚いてしまった。 「ところで、君、さっきは風呂場で可愛かったね」 「あ、はい? えっ!」  ここでさっきの風呂場での珍道中を、ぶり返されるとは思わなかった。 「あらあら……もうナイショの話? お風呂場って何かしら?」  あぁ……お母さんが食いついてしまった。 「ははは、母さん。瑞樹くんは可愛いですね。やることなすこと末っ子っぽくて微笑ましかったですよ」 「あら憲吾、あなたもそう思うのね」 「えぇ母さんが可愛がるのも納得です。宗吾は弟といっても身体も私より大きく態度も大きかったですが、瑞樹くんは可憐で可愛いですからね。風呂場でも、なかなかいいものを」 「わ、わ、わ……あのっ憲吾さんっ、それ以上は、どうかもう勘弁してください」 「ははは、私の事は『お兄さん』でいいよ。もう、そういう気分だ」 「え……いいのですか」  お母さんが、僕と憲吾さんを交互に見て、安心したようだ。 「憲吾、あなた丸くなったのね。びっくりしたわ。すごく優しくなって」 「母さんまで酷いですね。どうせ私は堅苦しい人間で面白みもありませんよ。それに、ここ数年、死産した赤ん坊の事もあって美智ともギスギスしていたのを認めます。もしも丸くなったり優しくなったと感じるのなら、それはきっと瑞樹くんのお陰ですよ。彼は周りの人の心を落ち着かせてくれる存在だ。宗吾、お前……いい人に巡りあったな」 「……兄さんからそんな言葉聞けるとは、夢にも思わなかったな」  宗吾さんも肩の力が抜け、安堵していた。  憲吾さんは、懐の深い人だ。  病院で会った時に、怖い人だと思ったのは撤回したい。 「お兄さん……あの、僕を受け入れて……大切なお盆の時期に訪問するのを許して下さってありがとうございます」  畳に額をこすりつけて、結局、泣いてしまった。 「うっ……うう」    受け入れてもらえた事への安堵と喜びで、じわりと涙が溢れた。  本当は怖かった。  もしも僕の大事な人の家族から疎まれてしまったら……  兄弟でも性格が違うのはよくある。広樹兄さんと潤の性格が全然違うのを見ても分かる。違う中で折り合いをつけていく難しさも知っているのから、僕の存在が宗吾さんの兄弟関係に亀裂を招いたらどうしようかと……危惧していた。  病院ではドタバタだったから、改めて挨拶に来て欲しいと言われて緊張した。 「おいおい、顔をあげてくれよ。瑞樹くん」 「あ……ありがとうございます。なんだかホッとしてしまいました」 「参ったな。君を怖がらすつもりはなかった。やはり病院での私の態度がまずかったな。本当に重ね重ね申し訳なかった。さぁもう堅苦しいことはなしだ。芽生こっちにおいで」 「オジサン、もういいの? 」 「あぁ、もう大人の話はおしまいだ」 「わぁ~よかった!」  部屋の端っこでお絵描きしていた芽生くんが、トコトコと僕の前にやってきて、ちょこんと膝の上に座ってくれた。   「ボクはおにいちゃんが、だいすき! だからみんなもおにいちゃんのこと、だいすきになってね」  皆、顔を見合わせていた。 「ははっ、キライになんてなるはずがない。みんなの心を捉えて離さない瑞樹くんの存在は、滝沢家にとって大切だからな」 「本当にそうよ。瑞樹くん、よろしくね」 「美智にとっても、可愛い弟だな」 「そうね。嬉しい! お花の生け方、教えてもらいたいわ」  芽生くんのぬくもりと同時に、円満な雰囲気が和室にも満ちてきた。  安堵した僕は、やっぱりまたうっすらと涙を浮かべてしまった。 「瑞樹、また泣いているのか」 「宗吾さん……嬉しくて」 「あーなんだかしんみりしちゃったな。あとは楽しく過ごそう」 「はい!」    

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