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夏便り 9
「いいか。瑞樹はそこで待ってろ。俺が着替えを取って来てやる」
「あ、はい! 分かりました」
宗吾さんか凄い勢いで、元々僕が着て来たスーツ一式を持ってきてくれたので、急いで身支度を整えた。
洗面所の鏡を前に、最後にネクタイをキュッと締めあげた。
すると鏡の中で宗吾さんと目が合い、優しく微笑んでくれた。
「瑞樹、いいぞ! 決まってるな」
「そうでしょうか」
「あぁ君は俺の自慢だよ」
「……頑張ります」
「まぁそう気負うな。君も薄々気づいていると思うが、俺の兄貴は一見堅物そうだが……案外俺に似ているようだ。今まで俺も気づかなかったが、お互い年取って丸くなったのかもな」
「宗吾さんは、まだ若いです!」
「お、嬉しい事を」
僕の肩を両手で揉んで解してくれ、最後に軽く唇をチュッと合わせてくれた。
グンと元気が出る。
宗吾さんという援護射撃が、心強い。
「さぁ行こう!」
「はい」
宗吾さんが手を差し出してくれる。
僕はその手を取る。
本当に自然な流れだった。
「おっと、今日は、こっちだよ」
そこは1階の一番奥、初めて入る和室だった。
「母さん兄さんお義姉さん、改めて俺のパートナーの瑞樹を紹介させてください」
床の間の横には、大きな黒い仏壇があった。
あぁ、宗吾さんのお父さんのお位牌だ。
数年前まで、ご存命だったと聞いている。
僕の父の記憶は、遥か彼方だから、父親という人への接し方が分からない。
大沼の実父の記憶は、何故か母より少ない。忙しい人だったのかな。そして函館の家には最初から父親の存在はなかった。潤が生まれた年に病気で亡くなったそうだ。
「あの、まずご仏壇にお参りさせていただいてもいいでしょうか」
「ありがとう。瑞樹くんはここに入るの初めてよね」
「はい」
「じゃあぜひお願い。主人も瑞樹くんに会えて喜ぶわ。私からは報告していたのよ」
お母さんからもらった数珠を握りしめて、仏壇前の座布団に座り背筋を正した。
やはり予期していた通り、グッと緊張する。
お位牌の横に小さな写真が飾ってあったので、見させていただいた。
この方が宗吾さんのお父さんなのか。
初老の男性の顔は、どちらかと言うと憲吾さんに似ていた。
真面目そうで立派そうな方。
線香の香りに誘われるように、会うことが叶わなかった故人を偲んだ。
……
はじめまして、お父さん。
あなたのことを僕が突然『お父さん』と呼ぶことを、どうかお許しください。
僕は宗吾さんと一生を共に過ごすと誓った、葉山瑞樹と申します。
僕は宗吾さんと巡り合い、しあわせに生きたいと心から願えるようになりました。
彼は僕にとって、かけがえのない存在です。
そしてお母さんは、僕のことを理解し息子と呼び、優しく接してくれます。
だから僕も『お母さん』と呼んでいます。
あなたのお許しなしに、この場にいる事をお許しください。
お会い出来て嬉しいです。
ご存命のうちに、お会い出来ず残念です。
どうか許して下さい。
僕という存在を──
……
頭を下げ、手を合わせ合掌していると、僕の背中をお母さんが優しく擦ってくれた。
「あら……瑞樹くんったらカチカチじゃない。大丈夫? そんなに緊張しなくてもいいのよ。主人は少し頑固で堅苦しい人だったけれども、あなたの本質を理解出来ない人じゃないわ。天国からよく来たなって言っているわ」
「……ありがとうございます」
お母さんの手……とても温かい。
今度はお母さん、憲吾さん、美智さんに、真正面から向き合った。
(しっかりしろ、瑞樹、もうひと頑張りだ)
宗吾さんの声が心に届く。
(はい……僕、頑張ります。見ていて下さい)
「あの、病院ではバタバタできちんと挨拶出来なかったので、改めてさせて下さい」
「こちらこそだよ。瑞樹くん、君の事をもう少し教えて欲しい。ぜひ、君の口から聞きたい」
「はい。僕は葉山瑞樹と言います。現在27歳です。生まれは函館の大沼で、実は10歳の時に交通事故で両親と弟を一度に亡くし、函館の遠い親戚に引き取ってもらいました。そこは花屋を営んでおり、二人目の母と兄と弟と暮らしました。高校時代にフラワーアレンジメントの全国学生大会で上の方の賞をいただいたのがご縁で、大学の推薦と奨学金を取れました。大学入学を機に上京し、そのまま東京で加々美花壇という花の商社に就職し、今に至ります。現在の職業はフラワーアーティストです」
「そうか。交通事故で……幼い頃に苦労したんだね。それで宗吾とはいつから?」
「はい……昨年の春先に宗吾さんと芽生くんと……偶然公園で出逢いました。そこからゆっくりとお付き合いを始め……今年の4月から同棲しています」
一気に自己紹介をした。
正直……端折った部分がある。
いつか機会があれば、もちろん全部話す覚悟はある。
それにしても振り返れば怒涛の人生だった。
だが今は……とても緩やかな川の流れになっている。
このいい流れを堰き止めないためにも、今日という日はとても大切な日、大切な機会だ。
だから真心を込める。
僕の発した言葉、僕という生身の人間を……
どうか、受け入れて下さい。
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