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夏便り 12

 迎え火を終え、もう一度仏壇にお参りした。 ……  父さん、久しぶりですね。  俺、いい息子じゃなかっただろう。  父さんが逝く最期までさ……  自分を偽って生きている事を、父さんのせいにして突っ張っていたよな。  父さんと兄さんが気が合うのが羨ましくて、勝手にひねくれていたのかもな。  気難しく真面目一本で生きて来た父さんが、同性愛なんて認めるはずがないと頭から決めつけていたのは、俺の方だった。  だから生きている間に、父さんは、俺が同性を愛する人間だとは気づかなかったはずだ。  そんな歪んだ生き方は、離婚を突き付けられ、突然終わった。    玲子に切り捨てられて、目が覚めた。  それからは心を入れ替えて生きた。  幼い芽生を母さんの協力を得ながら男手で育て、1年程経ったある日、まるで神様がご褒美をくれたかのように……瑞樹と出逢ったんだ。  瑞樹との恋は、自分に正直になれる恋だった。  人の心に寄り添うことも、人の心を守りたいとも……  全部、彼が教えてくれた。  だから、どうか瑞樹を、よろしくお願いします。  この家に受け入れて下さい。 ……  長々と手を合わせていたので、母さんに心配された。 「宗吾のそんなに真剣な顔、久しぶりに見たわ」 「おいおい母さん、酷いな」 「そんなに心配しないでも大丈夫よ。母さん、実はお父さんに会って来たの」 「え! どういう意味だ? 」 「この前、救急車で運ばれた時、父さんがお花畑の川の向こうにいてお喋り出来たのよ。あの人の方から訊ねてきたわ。『君を救ってくれたあの男の子は誰だ?』ってね。だから私は『宗吾のパートナーよ』って答えたの」  皆が母の話に驚き、耳を澄ました。   「そ、それで?」 「お父さんは『パートナー』ってなんだ? とキョトンとしていたので、『もう古い人ね。つまり宗吾の結婚相手よ。素直で謙虚で可愛い子だから、私の息子にもなってもらったの』って自慢しちゃったわ」  瑞樹も身を乗り出した。   「お母さん、そ、それで……」 「『へぇ随分可愛い息子を持てたな。お前も若返って楽しそうだ』と、あの人も楽しそうに笑っていたわ」 「そうなんですか、あの……僕のこと怒っていませんでしたか」 「まさか。満更でもないようで目を細めていたわ。あとね、もっと不思議な事を言っていたわ。『あぁそうか、どこかで見たことがあるかと思ったら……こっちで出来た友人が地上に残してきた大切な息子さんか。縁があったのだな』と、まぁこれは……半分私の都合のいい夢かもしれないけれども」  なんとも不思議な話に、息を呑んでしまった。 「つまり、瑞樹くんの亡くなったお父さんと、お義父さんがあっちで知り合ったのかしら! ロマンチックですね~」  お義姉さんが、ファンタジックな妄想を声に出してくれて、そんな馬鹿なと思いながらも、そんな事があったらいいなと、皆、しみじみと思った。  折しもお盆の真っ最中だ。  亡くなった父も、会話に入りたいのか。  その後、父を囲んで夕食を取った。  皆が思い思いに、父の思い出を話した。  堅物だと決めつけていた父の意外な一面、優しかった一面を知る事になる。  芽生が生まれた時に電話口で嬉し泣きしたエピソードなんて、全部知らなかったよ。  なんだか悔しいよ。今更……知るなんて。  少しやるせない気持ちになっていると、瑞樹が俺の心に寄り添ってくれた。 「宗吾さん、お父さんとの思い出が沢山あって良かったですね」  そうか……瑞樹が両親を亡くした時はまだ10歳だったので、記憶に残る時期も、両親の愛を受けた時間も、俺よりずっとずっと短いのだ。  今まで知らなかったのを悔やむのではなく、今からでも知って感謝する。  その方が断然いいな。 「まったく……君といると、俺は優しくなれる。そんな風に俺を変えてくれる君が好きだ」 「そ……宗吾さん! 皆さんが聞いています」  瑞樹が恥ずかしそうに、パッと俯く。    耳朶までまた赤くして、本当に可愛いよな。  兄さんとお義姉さんも顔を見合わせて微笑み、見守ってくれていた。 「あーいいわ、新婚ホヤホヤって感じで。私も憲吾さんに、そんな台詞言って欲しいな。甘い甘い言葉は、みんな大好きよ。いくつになってもね」 「あーコホンコホン」  真面目な兄が、気まずそうに目を泳がす。  そんな様子を、芽生がキョトンと見比べていた。 「甘いことばって、とってもおいしいよねぇ」 「そうよ、芽生くん。でもオジサンは、残念ながら恥ずかしがって言ってくれないのよ」 「ふーん、そうだ、いいことおもいついた! オジサン、こうすれば、自分の声じゃなくなるから、はずかしくないんじゃない?」  芽生が扇風機に向かって、大きな声をあげた。 「ワレワレハ、ウチュウジンダー!」  プッ! それ、イマドキの子供もやるのか。   「ね、ウチュウジンみたいでしょ!」 「くすっ、懐かしいですね。宗吾さん、僕もあれなら、広樹兄さんとやりました」 「俺も兄さんとやったな」 「私も姉とやったわ」  いつの時代も、楽しい事は受け継がれていくのか。  みんなで童心に返ったように腹を抱えて笑ってしまった。  俺と瑞樹、兄さんとお義姉さんはビールを飲んで勢いづいたので、そこからは、なんと告白大会になってしまった。  母さんは素面でも上機嫌だった。 「じゃあ、まず私から言うわよ。あーコホン、コホン。お父さん、今でもちゃーんと好きですよ。歳を取ってからは面と向かって言う機会もなかったけれども」 「憲吾さん! あなたの硬い性格も含めて好きよ」 「瑞樹ぃ── あ・い・し・て・る!!!」 「そ、宗吾さん……声、大きいですって」 「瑞樹も恥ずかしがるな!」 「あ、あの、僕も……す……スキです」 「うふふ、みーんな、だぁいすき!!」  さぁラストは兄さんだ。 「あ……その……美智……君のこと……今でもずっと好きだ」  うわ、堅物の兄さんの口から、とうとう甘い台詞が漏れた。 「宗吾さん、なんだかスッキリしましたね。普段面と向かって言えない事をこんなに大きな声で……宗吾さんのご家族は、皆さんあたたかいですね」 「それは君のお陰だよ。君が砕いてくれたんだよ」  この家で昔から使っている重たい扇風機は、今日もクルクルと回っている。  みんなの愛の告白も、たっぷり吸い込んで……  大きなボタンも首振り機能もちゃんと動作するのを見て、年を取ったからって、何もかも動かなくなるわけでないんだなと思った。  心はいつだって、動かせる。  だから俺はずっとずっと、瑞樹に愛を囁き続けるよ。  まだ言い足りないような気がして……こっそりと君の耳元に愛を届けた。 「ずっと傍にいてくれ」 「……はい、僕でよければ」 「君がいい。これからもよろしくな」 「はい!」

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