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夏便り 13
あなた、見ていますか。
今、私の傍にいるのかしら。
お盆をこんなに賑やかに過ごせるなんて、久しぶりですね。
全部、あなたのお陰よ。
あなたと結婚して二人の子供を授かり、その息子たちが成長し、それぞれの幸せを見つけて、また集まってくれたの。
生きている時はお世辞にも上手く行っているとは言えなかった宗吾も、今はあなたを偲んでいる。
心から瑞樹くんを認めて欲しいと願っていたわ。
そして憲吾……あの子も変わったと思わない?
幼い頃から頑固で表情をあまり顔に出さず、人付き合いが苦手な子だったわよね。でも大学の同級生の美智さんだけが、あの子の懐の深さに気付いてくれて、二人は無事に結婚した。
なのに待ちに待った待望の赤ん坊を死産してしまい、そこから意見が食い違ってしまったようで、ここ数年、夫婦間がぎくしゃくしているのは気付いていたのに、何もしてあげられなくてごめんなさいね。
お盆だから、死産してしまった赤ちゃんも、きっと傍に来ているのね。
そして瑞樹くんと芽生を見ていると、何だか泣けてくるの。
宗吾と玲子さんの結婚は間違っていたのかと問われたら、間違っていなかったと断言できる。だって、可愛い芽生という孫に巡り会えたのですもの。
そして公園で泣いていた瑞樹くんを、芽生が見つけて来てくれたのよ。
芽生はムードメーカーで、場を和ませてくれる。
一方の瑞樹くんも、特別なものを持っている。あの子の清純な心が、周りの人の心を浄化してくれる。
それにしても笑っちゃうわね。
さっきの告白大会……
私も勢いで何十年ぶりかに、あなたに愛の言葉を囁いちゃったわ。
ちゃんと聞こえましたか。
ふふふ、照れくさいわね。
照れくさいのは……皆、同じね。
「花火をしよう!」
芽生の一声で、皆で縁側に出たわ。
皆、恥ずかしい顔を見られるのが、恥ずかしかったのね。
ならば、夏の宵に紛れてしまいましょう!
蚊取り線香の懐かしい匂い。
風鈴の涼しい音。
皆が私の手縫いの浴衣を着て、微笑んでいる。
手持ち花火が、それぞれの頬を明るく照らしている。
華やかな花火が彩る……私の庭。
ここは箱庭なんかじゃない現実の庭なのに、愛しきものだけが集う、最上の空間になったのね。
私は縁側に腰掛けて団扇で仰ぎながら、その光景を見つめていた。
あなた……
私、幸せね。
私、生きている。
私、もう少し生きていてもいい?
(もちろんだ、ゆっくり楽しんでから来なさい)
ふふ、そうするわ。
****
今日は、にぎやかでたのしいなぁ。
みんなニコニコ、たのしそう。
ボクもとっても、たのしいよ。
せんぷうきにむかって、みんなでおおきな声だしたの、おもしろかったね。
おばあちゃんも、オジサンも、おねーさんも、パパもおにいちゃんも、みーんな、ボクといっしょなんだね。
おとなになるのって、どんなきもちかなっておもっていたけど、いっしょなんだね。
オジサンも……さいしょはこわかったけど、やさしくなってくれてよかった!
「芽生くん何しているの? 一緒に花火をしよう」
おにーちゃんがやさしく、よんでくれた。
「あのね、みんながおにいちゃんをナカマにいれてくれて、よかったね」
「うん、僕も嬉しいよ。芽生くんとずっと一緒にいられるね」
ボクはまだちいさいからよくわからないけど、なんだかはなまるをもらったみたいに、ごきげんだよ。
「芽生くん、はい、ここを持って。人に向けたり、回したら駄目だよ」
「うん!」
おにいちゃんが花火に火をつけてくれた。
「わぁぁ! キレイ!キレイ!」
ぶわっとミドリのいろになってからキイロになって、いろがどんどんかわっていく。
「あーあ、もうおわっちゃった」
「もっとしようか」
「こんどはボクがひをつける」
「うん、やってごらん」
おにいちゃんっていいな。
あれもこれもダメっていうんじゃなくて、ボクのことをしんじてくれる。
おにいちゃん、だいすき!!
「芽生くん、上手上手!」
「えへへ」
****
「最後は線香花火をしましょう」
「はい、お母さんも一緒に」
「えぇ」
線香花火を手に持つと、新婚当時、主人とふたりで今日みたいに縁側で花火をした事を思い出した。
「皆は知っているかしら……線香花火って火をつけると、まるで人の一生のように火花が形を変えていくのよ。そして、その様子を花に例えたそうよ」
「聞いたことはあったが、詳しくは知らないな」
「これはお父さんから聞いた話だけど、火をつけると最初に小さな蕾が現れて、命が膨らむように成長していくでしょう。それを『牡丹』と呼ぶそうよ。ちょうど今の芽生のようね。それから火花が激しく出てくる瞬間を『松葉』と呼んだそう。人生が一番燃え盛る時を表現しているのよね。これはあなた達の今ね」
「へぇ面白いな」
「そして、だんだん火花が落ち着いて丸くなるわ。これは子育てや仕事が落ち着いた穏やかな時を表現していて『柳』と……あぁまさに今の私よ。最後には火花は消えて『散り菊』と呼ばれる火球だけが残って、一瞬明るく輝いた後に静かに消えていくの。お父さんの最期みたいに」
「……」
「あらやだ、しんみりしちゃったわね。さぁみんなで集まってしましょう」
手持ち花火の時は、危ないからと距離を保っていたけれども、今度はギュッと集まって密になる。
丸くひとつの輪になった。
火を灯し……それぞれの蕾を育てる。
火花がパチパチと弾けていく様子を静かに見守った。
しあわせな沈黙
しあわせな溜息
皆が、自分の心の灯をじっと見つめているようだった。
「お母さん……僕……この輪の中で、花火が出来て嬉しいです」
「私もよ、瑞樹くん。今年のお盆は、あなたが加わってくれたので、最高よ」
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