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心の秋映え 7

「ヒロくん、どうしたの?」 「え? 何でもないよ」  結婚式当日の早朝、式を挙げるホテルにみっちゃんを送り届けた。  花嫁の支度は花婿よりずっと時間がかかるらしく、俺より2時間も前に集合だ。綺麗にお化粧し髪の毛を結いドレスを着て、ベールをつけて……と、説明されたが覚えきれない工程だった。 「何か気がかりな事でもあるの?」 「……うーん、実はもうすぐ弟たちを乗せた便が空港に到着するから……その、ちゃんと飛行機に乗れたかなとか、色々気になって」 「あーそうかそうか、ヒロくんはブラコンだもんね。でも瑞樹くんは潤くんと一緒に来るんでしょ。なら大丈夫じゃない?」 「まぁ……それはそうなんだが」 「そうだ。そんなに心配なら、このまま迎えに行ったら?」 「え!」 「だって新郎の集合時間は2時間後でしょ。まだ余裕あるし、私の花嫁姿は完成してから見せたいな。今からホテルに来ても、2時間時間を潰すだけじゃない」 「そ、そうか。行ってきてもいいのか」 「もちろんよ!」  という訳で……みっちゃんが俺を快く空港へと送り出してくれた。  彼女のこういうおおらかな所が前々から好きで、実は結婚の決め手のひとつだ。  みっちゃんこと、満花《みつか》とは、何と小学校からの幼馴染でお互いを知り尽くしているから、あり得る会話なんだろうな。  普通、結婚式当日にお嫁さんになる人を放り出して、参列のために帰郷する弟を迎えには行かないだろう?  お互いの親が聞いたら、呆れるかもな。 ****  俺が15歳の時、急にもう一人、弟が出来た。  新しい弟は、両親と弟を交通事故で一度に亡くしたばかりの交通遺児だった。  彼の数少ない親戚だったのが母で、俺が母に頼み込んで引き取ってもらったんだ。  葬儀の日に、新緑の樹の下で孤独に佇む姿が、今にも消えてしまいそうで……せっかく助かった命を今にも投げ出してしまいそうで、どうしても放っておけなかった。    名前は『瑞樹』と言う。  瑞々しい葉のように……綺麗で繊細な子だった。  瑞樹も戸惑っていたが、実は俺だって当初は高校1年生と多感な時期で戸惑ったさ。  すぐに……ぎこちない日々が始まった。  でも、みっちゃんと登下校時に話しながら、兄としてすべきことが見えて来た。 『ヒロくんに弟さんが増えたんだって? お母さんが言ってたよ。ねぇその子って今何歳?』 『10歳だよ。小学校4年生』 『うわぁきついね。両親の事をバッチリ覚えているから、馴染むの大変そう』 『……そうなんだよ』 『でも、その子にとってのお家はもう……ヒロくんの所しかないんだよ。どこにも行く場所がないんだよ。だからちゃんと居場所を作ってあげないとね』 『……そうか! そうだな』  みっちゃんは折に触れて瑞樹の事を気にかけてくれ、大学時代には花屋のバイトにも入って様子を見守ってくれた。  まぁ家族公認の幼馴染だったが、なかなか恋人にはならなかった。  俺は瑞樹と潤という二人の弟を、母と二人三脚で育てている子育て中のような忙しい日々で、心に余裕がなかった。  自分の事を楽しむ時間も金もなかった。  やがて大学進学のために上京した瑞樹が、そのまま東京で社会人になり、潤も働き出して、ようやく少し余裕が出来た。付き合いだしたのはその頃だ。だがなかなか結婚までは踏ん切れなかった。  痺れを切らしたのは、みっちゃんの方だった。 『もう待てない! 私はもう32歳になるのよ。分かるでしょ。この女心……っ』  ちょうど彼女と話した直後……仕事で東京に行き、瑞樹に会った。  一人で住むには不自然な広いマンション、そして前の彼氏と宗吾さんの存在を知ることになった。  正直、可愛がっていた弟が選んだ道には驚きの連続だったが、いつも不安そうにしていた瑞樹が、宗吾さんに見せた甘ったれた顔に……何だかもう、全部許せた。    ところが、みっちゃんに返事をしようとした矢先に、瑞樹が軽井沢でストーカー男に拉致監禁される惨い事件に巻き込まれて、それどころでなくなってしまった。  瑞樹が立ち直るまで……返事は保留にしてもらった。  女性心をこれ以上傷つけたくないのもあり、彼女にはその理由を話した。  小さな街だ。噂話にならないように細心の注意を払わないといけない。だが……みっちゃんは瑞樹が高校生の頃、男にストーカーされているのにいち早く気付いてくれた恩人だったので、きちんと俺の気持を理解してくれた。  そんな訳で……俺が信頼している女性が、俺の奥さんになる人だ。  そう思うと、デレッと口元が緩んだ。 「兄さん……幸せそうだね。本当におめでとう。みっちゃん……空港に来るのを許してくれたんだね。後でお礼を言うよ」 「まーな。あいつには頭が上がらない」 「くすっ、兄さんとみっちゃんは、絶対にいい夫婦になるよ」 「まあな、瑞樹も、じきオジサンになるんだぞ」 「え!」  瑞樹が目を丸くして、その後顔を赤くして照れ出した。 「もう……なの?」  おいおい、そんなに照れんなよぉ~  何をどう想像したんだ? って聞きたくなるよ。  言った俺が恥ずかしくなる。 「まだだとは思うが、でもきっと近いうちだ」  俺もみっちゃんも子供が早く欲しい。早く授かるといい。 「……お兄ちゃんの子供か……僕、『おじバカ』しそうだよ」 「俺はさ……瑞樹みたいな可愛い子供が欲しい」 「えっ僕みたいな子供って……何それ」 「ん? だって兄弟に似ることもあるだろう?」 「あっ……」  瑞樹は照れ臭そうに、俯いた。 「……お兄ちゃん、ありがとう。僕を本当の兄弟の一員にしてくれて」 「当り前だろう! 最初からそうだ!」  瑞樹は車窓から函館山を見上げていた。  目をキラキラさせながら、涙を堪えていた。 「嬉しいよ……」

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