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心の秋映え 6

 僕と潤を乗せた飛行機は、定刻通りに離陸した。 「よかった。無事に飛べたな」 「あぁ」  眼下に広がる東京のビル群が、どんどん小さくなっていく。  僕の隣にはちゃんと潤が座ってくれている。  それを確認して、ようやく安堵した。  あの日……羽を折られて、飛び立てなかった僕。  潤が捕まった写真は僕の心臓を止めそうになった。  潤とは色々あったが、僕が10歳の時から弟として大切に接して来たんだ。漸く蟠りが解け……いい兆しが見えて来た矢先だった。だから何かあったらと気が気じゃなっかった。    あの時は、ただ……潤を助けたい一心だった。  潤も同じ事を考えていたのか、僕と目が合うと真剣な眼差しを浮かべ、コクンと頷いた。 「兄さん、やっと一緒に飛べたな」 「そうだね。今度こそ……潤と一緒に函館に向かおう」  宗吾さん、ありがとうございます。  1日早く行かせてくれて。  僕……全て上書きしてきます。  函館空港のロビーに着くと、僕は辺りをぐるりと見渡した。 「兄さん? さっきから何をキョロキョロしてるんだ?」 「いや……広樹兄さんが迎えに来ていないから。遅れるなんて珍しいね」 「ぷっ!おいおい……今日はいないよ。だって今日は兄貴の結婚式当日だろ!」 「あっ!」  口に手をあてて、言葉を呑み込んだ。 「まさか結婚式当日に弟を迎えに、来ないだろう」 「う……確かに」  はっ恥ずかしい。僕が今日……何のために函館にやって来たのか忘れたのか。それは広樹兄さんの結婚式に参列するためだろう。 「兄さんはさぁ、なんだか案外天然なんだな。そんなだったか。あぁ幸せボケか~」 「そんな事ない、うっかりだよ! うっかり!」 「ははっ、あいにくしがない弟しかいないけど、兄さんをしっかりエスコートするぜ!」 「う、うん……そうだね。じゃあバスで行こうか」  なんだかこれじゃ、兄としての面目がないよ。  苦笑しながらも、潤と歩き出した。 「あれ? 兄さん、バス停はあっちだぜ」 「あ……ごめん」 「意外と方向音痴?」 「いや、そんなはずは……」  潤は顔つきが大人っぽくなったせいか、並ぶと僕より年上みたいだ。  ショーウインドーに映る姿を見て、苦笑してしまった。  僕は潤より背がずっと低くて童顔だ。クルクルした栗毛……せめてカットしてくればよかったかな。潤みたいに短髪にしたら、少しは男っぽくなるかな。  うーん、でもそれは宗吾さんが泣くかもしれないか。  ぐるぐる考え事をしたら、今度は段差に躓いて転びそうになった。 「あっ!」    すると、大きな手に腕を引っ張られた。 「危ないよ!」 「え?」  顔を上げたら、広樹兄さんが満面の笑みで立っていた。 「おー! ふたりとも、ちゃんと揃って来たな!」  広樹兄さん? な、なんで…… 「兄さん!!」 「兄貴ーなんで来たんだ! 式の準備は平気なのか」  広樹兄さんは髪をポリポリとかきながら、面映ゆく笑っていた。 「実はちょっと抜け出して来た。空港まで市内から30分もあれば着くんだし、花婿のやることは少ないからさぁ」 「……はぁ~兄貴は本当に弟に甘いなぁ」 「弟? いや『瑞樹限定』だろ」 「おい!」 「広樹兄さん、ごめんね。大切な日に来てもらって……」 「瑞樹~ハグしていーか」  答えるより先にむぎゅうっと抱きつかれたので、笑ってしまった。  あれ? でも……いつもみたいに髭がくすぐったくなくて、今日はツルツルだ。 「瑞樹ぃー気づいちゃったか。ごめんなぁ。お前の大好きな髭がなくて」  じっと広樹兄さんを見つめると、大袈裟に詫びられた。 「だ、大好きじゃないよ。そもそも、兄さんのあれは無精髭だったし」 「だな。流石に今日は綺麗にしようと、剃っちまった」 「うん、それでいいと思うよ」 「だが俺が寂しくてな。いつも瑞樹のすべすべの頬にスリスリするのが、習慣だったのにさぁ」 「そ、そんなの習慣にする?もう──」  結婚してしまうが……広樹兄さんの相変わらずな様子に、ホッとした。  兄さん、やっぱり、変わらないや。 「うげぇ~兄貴のブラコンに拍車がかかった気がする」 「そういう潤こそ、瑞樹をエスコートする王子さま気どりか」 「な、何を! それ以上はヤメテクレー! おれはまだ生き延びたい!!」 「あの、宗吾さん……に」  『宗吾さん』と口に出した途端、広樹兄さんも潤も、幽霊でも見たかのようにビクッと震えた。 「あ、いや、宗吾さんに無事に到着したと連絡しないと……」 「なんだ。ビビったよ。こんな会話、宗吾さんに聞かれたらマズイだろ」 「言わないよ! そんなこと」 「じゃあ言っていいか。瑞樹ぃー可愛い弟よ~ってさ」 「だ、駄目だって!もう。くすっ」  空港の到着ロビーで、僕は兄と弟と輪になって笑った。  あの日叶わなかった光景だ。これは…… 「……ありがとう」  しんみりしそうな場面を、笑いで上書きしてくれて。  結婚式当日なのに迎えに来てくれて── 「さぁ行こうぜ!」 「うん。兄さん……花婿さんは早く戻らないと、お嫁さんに悪いよ」 「兄貴、来てくれてありがとうな」 「当り前だよ。弟たちよ」  僕たちを乗せた兄さんのワゴンは、上機嫌に動き出した。  

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