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心の秋映え 5

「じゃあ、行ってきます」  潤と一足先に函館に向かう瑞樹の背中を見つめていると、急に胸の奥がモヤモヤし出した。  なんだろう、この気持ち?  ふっと去年の秋の出来事が、脳裏に過ってしまった。  あの時は土曜日に会ったきりで、函館に旅立つ君を直接見送れなかった。あの頃はまだ別々に暮らしていたし、毎日のように会っていたわけではなかった。  たった1年前の事が、随分前に感じるよ。  だが、今日はちゃんと見送っている。目の前で……しっかり……  だから大丈夫だと思うのに、何故か心が重く苦しい。 「宗吾さん?」 「あぁ悪い……」  瑞樹がじっと何かを探るように、俺を見つめた。  しまった。  何でもない振りをして見送ろうとするが、言葉に詰まってしまった。  すると瑞樹は少し考え、その後甘えたような口調で…… 「あの……宗吾さんにお願いがあって」 「何だ?」 「その……弟の荷物……かなり重たくて、もしよかったら空港まで送ってもらえませんか」  それを聞いた芽生が、即答した。 「いく! いきたい! おにーちゃんを、くうこうまでおみおくりにいく!」 「くすっ、じゃあ……芽生くんはパジャマを着替えてこないとね」 「そうだった!はーい!」 「瑞樹……」  まるで俺の心が見透かされているようで決まり悪い。でもそれ以上に嬉しかった。  そこでこのモヤモヤの理由を、俺もしっかり見つめる事にした。  あぁそうか……俺、君がちゃんと飛行機に乗る所まで見届けないと心配だったのか。  ……ごめんな。  今更、あんな嫌な思い出を蒸し返すのは良くない。だから口に出さなかったのに、瑞樹は俺の心を察してくれたようだ。  彼のそんな優しい所が好きだ。  心の機微に敏感で繊細すぎるのが瑞樹。  それが君を苦しめる事も多かったと思うが、こういう時、俺は救われるよ。 「あっそうだ、僕も忘れ物をしていた。潤、ごめんな。ちょっと待っていて」  瑞樹は自分の部屋に入り、数珠を手に握りしめて戻ってきた。  あの日……糸が切れてしまったが、元通りになった数珠だ。 「それは俺の母が去年君に贈ったものだな」 「はい、僕のお守りです」 「ありがとう。母の気持ちを大事にしてくれて」 「これをいただいた時、本当に嬉しかったです」 「そうか」 「握りしめると、いつも勇気が出ます」  やがて急いで着替えてきた芽生に、瑞樹がしゃがんで微笑みかける。 「芽生くん、すごい! お着替え早くなったね。それに格好いいコーディネートだね」 「えへん!」  褒め上手な瑞樹に、芽生はくすぐったそうに笑う。  大切な息子と大切な瑞樹。ふたりの和やかなコミュニケーションは、俺の生き甲斐だと言っても過言でない。 「よし! じゃあ車を駐車場から取ってくるから、マンションのエントランスで待っていてくれ」 **** 「宗吾さん、オレ、気が回らなくて……」 「ん? 謝るなよ、俺がしたくてしていることさ」 「いや、やっぱり……申し訳ありません」  助手席に座った潤が、すまなそうな顔で詫びて来る。 「よせよ、そんな風に言うな」  悪いのはアイツだろう。  潤はあの時点ではもう改心していたのに、そして生まれ変わろうと努力しているのに……お前の今の姿を見ていれば、伝わってくるよ。 「おにいちゃん、ほっかいどうでは、どうぶつえんにもいけるかな」 「そうだね。最終日に行く予定だよ」 「やったー!」  後部座席の瑞樹は、芽生とのおしゃべりに夢中だ。  明日には自分も北海道に行くので、芽生の気持もかなり盛り上がっているようだ。  家族の何でもない日常会話っていいな。  ……あの頃は気づかなかったよ。  玲子と暮らしていた頃は……  流石にゴルフばかりじゃまずいな。日曜日なんだから、そろそろ父親らしくどこかに家族を連れて行かないと……そんな風に義務的に考えてしまっていた。  今はそんな風に形式的に父親ぶるのではなく、家族のために自然に動けている。  俺がこんな風になれたのは、やはり瑞樹のなせるわざだ。  君はやっぱりすごいよ。 ****  空港の出発ロビーの光景……あの柱のあたりだった。  俺が電話をかけると、隣の男が握りしめていたスマホが鳴った。  俺が傍についいればと……何度も何度も悔やんだ。  会社から慌ててタクシーで駆け付けた空港。  あの日の緊張がまざまざと蘇る。  すると瑞樹がそっとさり気なく、手を繋いでくれた。 「宗吾さん……大丈夫ですか。僕はもう大丈夫です。今、僕の両脇には頼もしい宗吾さんと弟がいます。だから……」 「あぁそうだな。そう言ってくれて嬉しいよ」 「明日にはまた会えます。函館で待っています」 「あぁ」  君を搭乗口で見送った。  何度も何度も振り返っては、手を振って微笑んでくれた。 「おにいちゃん、いってらっしゃい~」 「芽生くん明日会おうね! 宗吾さん、行ってきます」  瑞樹にとっても俺にとっても……嫌な思い出を払拭する、秋の旅路の入り口だった。  秋の澄んだ青空に飛び立つ飛行機が、眩しかった。  瑞樹と弟を乗せた飛行機は、上昇気流に乗った。

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