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心の秋映え 4
なんだか微笑ましい光景を見せてもらった。
瑞樹……雰囲気変わったな。
「潤、もう起きないと」
「うーん……もう少し……寝かしてくれよぉ」
明け方、まだ眠いのに起こされた。
仕事場ならとっくに起きている時間だが、今日は特別だろ。
だって、ここは瑞樹のベッドだ。
何故か瑞樹の匂いは全くしないが、昨日の夜『僕のベッドを使っていいよ』と言ってくれたのが、嬉しかった!
枕をぎゅうっと抱え込んで、バタンと寝返りを打った。
しかし都会のマンションって、ぬくぬくして温かいな。
最高だ!
函館や軽井沢は、もうこの時期には朝晩かなり冷え込み起きるのが辛かったが、ここは天国だ。
しかも瑞樹のリアルな声が目覚ましなんて、至れり尽くせりだなぁ。
あぁもう最高のシチュエーションだぜ!
「潤はしょうがないな。でも朝一番の飛行機に乗るから、今日は寝坊している暇はないよ」
「……ねむいんだよぉ」
「……あっ……お前、よだれ垂らして!」
「えっ!!」
おいおい、いくら瑞樹の布団が気持ちいいからといっても、流石にいい歳して……
それはない!
ない? ……ないよな?
ナイだろ――!!!
んなことしたら、宗吾さんにボコボコにされる!
焦って飛び起きて手の甲で口元を擦るが、何もついていなかった。
すると瑞樹の軽やかな笑い声が、すぐ横で聞こえた。
「あはは! 今の潤の焦った顔ったらっ」
お腹を抱えて擽ったそうに笑う仕草も顔も可愛くて、こんな可愛い男性が兄なんだと、純粋に喜びを感じてしまった。
「兄さん……もしかして、今の冗談?」
「そう、冗談だよ。よだれなんか垂らしていないよ。でもお陰でパッと起きただろう。くすっ」
え……まさか瑞樹がそんな事を言うなんて、想定外だぞ。
だっていつも控えめで、何をされても言い返せないのが瑞樹だった。
過去の最低なオレはそれを逆手に取って、やりたい放題だった。
今でも当時の行動が悔やまれて、後悔の念に押し潰されそうだったのに……
「潤、何て顔しているんだ? 僕だって冗談のひとつやふたつ言えるよ」
「……」
返す言葉が見つからず呆然としていると、宗吾さんがヒョイと顔を覗かせて笑った。
「潤~ 瑞樹は俺の手で、そこまで開花させたんだぞ。なぁいい感じだろう?」
「そ、宗吾さん……その言い方ヘンです!」
「ははは、しかも瑞樹はかなり手強くなったぞ」
「宗吾さんはもう……っ」
明るくなった。秋よりも冬よりも、ずっとずっと明るく輝いている。
「宗吾さんから受ける愛は、瑞樹をここまで変えたのか」
思わず本音が漏れてしまった。しかし『愛』だなんてキザ過ぎるよな。すると瑞樹も真顔になって、オレの手を取って教えてくれた。
「潤、だから……もう大丈夫だよ。僕は伸び伸びと成長していくから」
「……兄さんありがとう。すごく嬉しいよ。今の兄さんを見ることが出来て」
「そうかな……さぁもう起きないと流石にまずい。飛行機って乗り遅れたら大変だよ」
「あぁすぐに仕度するよ」
去年の秋をどうしたって思い出してしまう。
一緒に函館に行くはずだった。
なのに空港で、あんな事になるなんて。
今度は絶対に連れて行く。
そういう意味でも、やり直したい旅だった。
宗吾さんもそれを分かってくれているようで、玄関先でオレの肩を叩いてて真顔になっていた。
「絶対に瑞樹を危険な目に遭わせるなよ。絶対に離れるな」
「分かりました。絶対にオレ、函館に連れて行きます。あの……やり直させてくれて、ありがとうございます」
これは瑞樹を大切に想う男同士の会話だ。
「何、話しているんですか」
「いや、それより瑞樹、カメラは持ったのか」
「はい、手荷物にちゃんと」
「その一眼レフで沢山撮ってやるといい。広樹の晴れ姿を」
「分かりました! 宗吾さんにも後で見てもらいたいです」
玄関先で話していると、芽生くんがトコトコとやってきた。
まだ寝起きなので、パジャマ姿のまま目を擦っている。
「ん……おにいちゃん、もういっちゃうの?」
「芽生くん、僕は一足先に行くけれども、向こうで待っているよ」
「……ちゃんとボクをまっていてくれるの?」
「もちろんだよ。芽生くんが来るのが楽しみだよ。僕にお迎えさせてね」
「うん!わかった!」
なるほど……
瑞樹の言葉は相変わらず優しいな。
相手の気持ちを考え、相手の立場を考え、寄り添っている。
小さな子供相手でも、それは変わらない。
人をとても大切に扱う。
それが瑞樹……俺の兄なんだ。
「そういえば、潤、荷物が随分減ったね」
「あぁ昨日は酔っ払って渡せなかったが、瑞樹たちにお土産だ。一袋置いて行くから後で見てくれ」
「何だろう?」
「軽井沢の果実のジャムさ。どれも美味しそうで迷って……10種類買って来た」
「10種類も! それは楽しみだな。僕はジャムが好きだから嬉しいよ。潤、ありがとう」
心の底から嬉しそうな顔をしてくれる。
オレに見せてくれる。
その事が嬉しくて、朝から涙腺が緩みそうで焦った。
「じゃあ行こうか。あの……宗吾さん、オレを泊めて下さってありがとうございました!」
お辞儀をして顔を上げると、瑞樹が満足そうに顔を綻ばしていた。
「潤は……僕の自慢の弟だよ」
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