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心の秋映え 9
「次はスライドショーです。新郎新婦の幼い頃からのエピソードを、映像で振り返ります」
お色直しをしたみっちゃんが雛壇に着席すると、会場が暗くなり映像が流れ出した。
最初は兄さんが赤ちゃんの時の写真だった。
実際には会ったことのないお父さんに抱かれている広樹兄さん。それから幼稚園、小学校と、まだ僕と出会う前の兄さんの姿が、お嫁さんの小さい頃の写真と交互に……次々と映し出されていく。
広樹兄さんは、照れくさそうだった。
暫くすると、隣に座っている母さんのすすり泣きが聴こえた。
えっ……こんな時はどうしたらいい?
いつも広樹兄さんに任せっきりだったので、戸惑ってしまうよ。
すると薄暗い会場の中で、広樹兄さんと目が合った。
『瑞樹、頼む。お前が母さんを励ましてくれ』
そう言われた気がした。だから勇気を振り絞り、思い切って母さんの肩を優しく抱いてあげた。
「あの……母さん、そんなに泣かないで」
「瑞樹……? なんだか急にしっかりして。ごめんね、あの人の写真を久しぶりに見たら、なんだか涙が止まらなくて」
「うん、僕も父さんに会いたかったな」
「そうね、あなたにも会わせたかったわ」
「写真の父さんって、広樹兄さんに似ているね」
「そうなの、広樹も潤も父さん似なのよね。だから瑞樹だけが私に似ているのよね」
この一言に、心震えた。
「えっ」
「だってあなたと私は血が繋がっていないわけじゃないのよ。遠い親戚なのよ……瑞樹はうちの母の家系の顔よ」
「……そうなの?」
少しでも似ている所があって嬉しい。そんな風に言ってもらえて嬉しい。
いつも広樹兄さんにも潤にも似ていないのを嘆いていた事が、今となっては恥ずかしい。
兄さんも潤も黒髪なのに、僕だけが明るい髪色だった。
骨太な兄さん達と違って……細面の輪郭に細い骨格の僕。
そうか、そうだったのか。
「今までは気恥ずかしくてあなたに言ってあげられなかったのに、今なら素直に言えるわ。夏に宗吾さんのお母さんが病気で倒れられて……せっかく今を生きているのだから、沢山言葉に出して届けたいと思えるようになったのよ」
「ありがとう。そう言ってもらえて嬉しいよ」
やがて映像が切り替わり、高校生になった兄さんが映った。
『広樹 高校生』というタイトルで始まった数々の写真。
「あ、僕だ……僕が写っている」
兄さんに肩を組まれて面映ゆく笑っている僕。
僕の運動会、卒業式……
こんな写真、初めて見る。
一体どういう事なの?
そう言えば兄さんが母さんの代理でイベントに来る度に、クラスメイトの親御さんに頼み込んで写真を撮ってもらったのが、何度かあったような。
「ははっ兄貴らしいな。でも、これじゃ瑞樹の結婚式みたいだ」
隣で潤が目を細めて笑っていた。
「あは、本当に広樹兄さんは……もうっ」
合わせて笑った拍子に、涙が零れそうになった。
『僕は兄さんに溺愛されている』
自分で言うのも変だが、自分がとても愛おしくなり、抱きしめてあげたくなった。
「こんなに愛を注いでもらっていたのに……僕は気付かなくて本当に馬鹿だった」
思わず漏れてしまった後悔の念を、母さんが拾ってくれた。
「瑞樹? あなたは馬鹿なんかじゃないわ。ひたむきに懸命に生きてきた。生きているの。今、気付けたのならそれでもいいじゃない。一生かかっても気づけない人だっているのに」
「母さん、でも僕は……」
言葉が、続かない。
すると今度は母さんが僕の肩を優しく抱いてくれた。
「瑞樹……これからは……あなたも頼りにしている」
「……はい!」
やがてアットホームな披露宴は、お開きとなった。
披露宴会場の入り口、金屏風の前にいる広樹兄さんとみっちゃんに改まって挨拶をするのは気恥ずかしかった。
「……兄さん」
「おー瑞樹、どうだったか」
「うん、凄くカッコ良かったよ。それからありがとう」
「何が?」
「スライドショーの写真……びっくりした」
「あぁ、あれか! 俺もふと思い出して打診してみたら、ちゃんとネガがあって快く焼いてくれたんだ。写真館の息子がお前のクラスメイトで良かったなって。俺と瑞樹のツーショット良かったろう?」
「兄さんってば……」
隣のみっちゃんと目があった。ブルーのドレスが本当に美しい。
「ふふ、瑞樹くん久しぶり、いいのよぉ~ヒロくんのブラコンは、私、公認だから」
「みっちゃん……お久しぶりです。おめでとうございます」
みっちゃんには高校時代に例のストーカー絡みで助けられた事もあって、顔を合わせるのが気恥ずかしかった。
「瑞樹くんと会うのは何年ぶりかしらね……あなたが高校生の時以来かな? だけど全然変わっていなくて驚いたわ」
「……そうですか。確かによく童顔って言われます」
「一度に可愛い弟とカッコいい弟が出来て、嬉しいわ」
すると広樹兄さんが反応した。
「みっちゃん、今『カッコいい弟』って言ったのか」
「そうよ。潤くんってば随分変わったわね。もしかしたら、あなたの若い時よりカッコいいかも?」
「えぇ!?それはないだろー」
兄さんが、珍しくオロオロとし出す。
「もう落ち着いて。私が好きなのはあなたでしょ! もっと自信持って」
「みっちゃん……ありがとうな。でも潤には負けられないなぁ」
気さくで明るいみっちゃんは、おおらかな広樹兄さんにぴったりの相手だ。
それにしても僕の周りの女性陣は、魅力的な人ばかりだな。
函館の母さん、宗吾さんのお母さん
美智さんに、みっちゃん
ひとりひとりの顔を思い浮かべると、良く晴れた秋天のように清々しい気分になった。
兄さんの相手がみっちゃんで本当に良かった。だから僕は大きな声ではっきりと告げた。
「兄さんとみっちゃん、どうか末永くお幸せに……!」
シンプルで飾らない言葉で、心からの祝辞を伝えよう。
大好きな兄へ届けたい、溢れるほどの感謝を込めて。
「瑞樹……俺たちも……お前たちのような幸せな家庭を築きたいよ。今日は来てくれて本当にありがとう」
「お兄ちゃんは永遠に……僕の大好きなお兄ちゃんだ。結婚してもずっと、それは変わらないよ」
「瑞樹、俺もだ!」
僕の心の言葉をしっかりと伝えた。
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