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特別公開 番外編SS 『ふたりの渋谷デート』2
瑞樹と渋谷のデパートのレストランで食事をした。
「宗吾さん、ここ、見事に女性客ばかりですね」
「ん? あぁそうだな」
瑞樹がちらちらと周りを気にしている。確かに見渡す限り女性客だ。男性は今のとこと、俺たちだけだな。今日は成人式なので着物女子のグループもいて賑やかで華やかだ。その中で瑞樹のスーツ姿は最高にノーブルで、まるでここだけスポットライトを浴びたように輝いていた。
「日曜日の昼下がりだからかな。皆さん楽しそうですね」
「ん? そうだな。だが一番楽しいのは俺だ。何しろ久しぶりのデートだからな」
「くすっ、僕もそう思っていますよ。でもレストランで働くのもいいものですね」
「何でそう思う?」
「この蕩けるようなビーフシチューのように美味しい食事でお客様のお腹を満たし、心を満たしてあげることが出来ますし、和やかな語らいの場も提供できて……いいな」
なるほどな。そういう瑞樹特有の考え方が好きだ。いつも俺の今までの価値観が覆されるような、優しい視点に気づかせてもらえる。
「あぁそうだな。瑞樹はいつも優しい目で世界を見ているんだな。俺なんて……高いお金を払うんだから、美味しいものを食べさせてもらい、ゆったりとした語らいの場を提供するところだと……思っていたよ。恥ずかしいな」
「いえ、そういう考えももちろんあります」
そんな風に取り留めのない事を瑞樹と語らっていると、レストランの支配人らしき年配の男性が、瑞樹に近づいてきた。
お盆にはグラスの赤ワインが1杯載っている。
「お話し中申し訳ありません。こちらをお客様にサービスしたいのですが」
なんだ? 新手のナンパか! 俺がいるのに?
「え……何で、僕だけ」
瑞樹も驚いて顔をあげた。その可愛い顔をあまり見せるなと言いたくなるほど、柔らかい間接照明の下の瑞樹は綺麗だった。
「当店では本日に限り、成人式をお迎えのお客様にサービスしております。失礼ですがもう二十歳を過ぎていらっしゃいますか」
「成人式? 二十歳って?」
瑞樹は訳が分からない様子でキョトンとしていた。
ナルホド。くくくっ、そういうことか。俺の瑞樹は若々しいから、二十歳そこらに見えるか。
「あの……成人式って? 僕はもうとっくに」
「え? それは失礼しました。あ……これはお詫びにどうぞ。今、お連れ様にもお持ちします」
慌てて去って行く支配人を、瑞樹は困ったような眼で見つめていた。
「参ったな……スーツ着ているからって、成人式だなんて」
恥ずかしそうに俯く瑞樹が可愛くて仕方がない。
「瑞樹の成人式か。 俺はまだ出逢えていなかった。だからせっかくだから今日祝わせてくれ。それに君は若々しくて、確かにまだ二十歳そこらに見えるよ。若くて可愛い恋人で幸せだよ」
「そっ宗吾さん、こんな所で……それ、おじさんみたいですよ」
「なに? それはまずい。どうして俺は二十歳に間違えられなかったのかな」
「それは……絶対に無理です!!」
「だよな~」
レストランの勘違いでグラスの赤ワインが仲良くテーブルに並んでいる。
二十歳に見えてしまう可愛い瑞樹の横に並ぶためにも、俺も言動に気を付けようと気が引き締まった。
「ん……美味しい。もう一杯飲みましょうか。宗吾さん」
頬を染めた瑞樹が、甘い声で誘ってくる。
うーん、この場合どうするべきか。このままもっと酔わせてホテルで休憩しでもするか。……なんてことは出来ないし(だいたい、そんなこと考えるな、オイっ)
「いや、まだこの後デートを続けたいから、ワインはもうやめておこう」
「……そうですか、もっと飲みたかったのに残念です」
赤ワインで染まった舌先がちろっと見えてエロいな……
それにそんな可愛いことを。少し酔った瑞樹はいつもよりずっと甘えん坊になって、それがまた可愛い。
その甘い顔に似合わず、素面の時はストイックで清楚な男だ。そんな台詞はなかなか言ってもらえないので、今日は貴重だ。
やっぱりもう一杯頼むか。もっと君の酔った顔を見たいよ。
そう思い、ウェイターを呼ぼうとした時、ちょうど隣のテーブルに座った人と目があった。
「あれぇ、滝沢さんじゃないですか」
「林さん! っと……辰起くん」
「なんだ、滝沢さんたちもデートか。渋谷なんて珍しいな」
「……まあな」
相手も男×男だ。明らかにレストランでここだけ浮いている。それに林さんの恋人は元モデルの甘い顔の美人な子だ。そしてとても若い。一気に注目を浴びるのが分かった。瑞樹もペコっと挨拶をした。
「宗吾さん、きっと隣にもサービスのワインが出てきますよね」
ほろ酔いの瑞樹はいつもより警戒心がないようで、楽しそうに囁いた。
「あぁ絶対出るよな。辰起くんも今日は何故かスーツだし」
「くすっ、もしかして林さんにも?」
「それは絶対にない。あいつは俺よりオッサンに見えるだろう」
「ん……それはどうでしょうか」
「賭けてもいいぞ」
案の定、さっきの支配人が恭しく隣のテーブルに近寄って来た。
「あのお父さま。お子さんは成人されていますか。もし成人式のお帰りならワインのサービスがあるのですがいかがいたしましょう?」
「『お父さま』だってさ。おっし!勝った!」
「はっ?」
隣で林さんが困ったように眉根を寄せていた。その横で辰起くんが腹を抱えて笑っていた。
****
「宗吾さんは……少し大人げないです」
だがレストランを出た所で、瑞樹に注意されてしまいシュンとした。結局もう一杯のワインは叶わず、瑞樹の酔いはスッと醒めてしまったようだ。
「悪い……つい」
「僕は……たとえ宗吾さんがどんなに年上に見えても、あなたが好きだから安心してくださいね」
エレベーターで下る最中に、瑞樹が小さな声で囁いてくれた。
ポッと心に灯がともる瞬間だ。恋人の言動に一喜一憂してしまう。
「あ……写真展やっているんだ」
エレベーターで降りるながら、瑞樹は広告をじっと見つめていた。
へぇ……有名なニューヨークの写真家の写真展を隣のミュージアムでやっているのか。大沼で瑞樹は実母の遺品の一眼レフを手に入れてから、写真にも関心が出てきているようだ。
「よし。次はここだ。行くぞ」
「え……いいんですか」
「当たり前だ。今日はデートだぞ。瑞樹が行きたいところ、したいことをしよう!なっ」
「嬉しいです。ありがとうございます」
相変わらず泥に塗れない、澄んだ笑顔の瑞樹。
こんな渋谷の雑踏でも、君のまわりだけは空気が違うんだよな。
もっともっと見たいんだ。君の笑顔を。
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