455 / 1740
心の秋映え 23
「寒くなってきたな。そろそろ宿に行こう」
高台から花畑を見下ろしていると、宗吾さんがさりげなく僕の横に立ち、風を遮ってくれた。
冷たい北風は宗吾さんの温もりに変わった。
この人の、こういうさり気ない優しさがいいな。
「そうですね。あの、今日はどんな所に泊まるのですか」
「それは着いてからのお楽しみだ」
それに彼は旅のエキスパートだ。
旅慣れているだけあって時間の使い方も上手で、何よりも僕と芽生くんが喜ぶ事を常に考えてくれる。
「さぁ着いたぞ、どうだ?」
宗吾さんが用意してくれたのは富良野を代表する大型リゾートホテルで、ずっと憧れていた所だったので、気分が一気に高揚した。
「あっ! ずっと泊まってみたかったホテルです」
「良かったよ。君のために景色も楽しめる高層階を予約してあるよ」
「えっ」
あまりにスマートな手際良さ……うーん、これは少し悔しくなる程だ。
「宗吾さんって、相手を喜ばせるのに慣れていますよね」
しまった! これじゃ嫌味だとすぐに後悔したが、宗吾さんは気を悪くするのではなく、むしろ喜んでくれた。
「よし! やった! 瑞樹がまた妬いてくれた」
「……宗吾さんは、いつも前向きですね」
「ん? 俺は君のいろんな表情を見たくて必死なのさ。夜も迫っているしご機嫌にもなるさ」
「も、もうっ、それは余計です」
今宵は……
夜を期待されているんだ。
何だか照れ臭い。でも嬉しくて気持ちが軽やかに弾む。
僕という人間を丸ごと、表も裏も求められる喜びを感じていた。
****
「わー!」
「わぁ!」
大きな窓からは雄大な勝岳連峰・富良野盆地を一望でき、芽生くんと僕は窓に張り付いて歓声をあげてしまった。
「いい景色だろう?」
「はい! とても……あっ、あそこにオレンジ色の花畑が見えますね」
「あぁ幸せ色だな」
「嬉しいです」
荷物を整理していると、また宗吾さんが楽しそうな提案をしてくれた。
「瑞樹、土産物を買いに行かないか」
「いいですね!」
函館を出発する時にお母さんから小遣いをもらったのを思い出した。
何か買ってみようかな。
僕のために、僕のものを。
ホテルに付随したショッピングエリアはまるで妖精の村のようで、可愛い三角屋根の小さなログハウスが連なっていた。
「おにいちゃん、ここって『おとぎのくに』みたいだね」
「本当にそうだね。芽生くんに何か買ってあげたいな」
「ありがとう! おにいちゃんもなにかかう?」
「うん、僕もお母さんからお小遣いをもらったからね」
お小遣いで自由に買い物をするなんて初めてだ。そしてこんなほんわかとした会話も初めてで、ワクワクしてきた。
そこには、紙や粘土作品、切株や自然がテーマのキャンドル作品が並ぶ店、花をテーマにした店などが軒を連ねていた。
僕の足は自然に花や植物をモチーフにした雑貨を扱うログハウスに向いていた。
芽生くんもトコトコと僕の後をついてきてくれ、宗吾さんは更にもう一歩後ろから、僕たちの行動を温かい眼差しで見守ってくれていた。とても心地よい視線だ。
「わぁ……」
北海道らしいラベンダーを扱った雑貨が多く紫色で統一された店内に、ひとつだけグリーンのグッズを見つけた。
「あ、これってハーバリウムですね」
「へぇなんだか『植物標本』みたいだな。おっと雑な感想でごめん」
「いえ、それで合っていますよ。本来は研究のために植物の状態を長期保存する方法として生まれたものですから」
ハーバリウムはプリザーブドフラワーやドライフラワーを硝子の小瓶に入れて保存用オイルに浸して作るインテリアフラワーで、花本来の瑞々しさを長期間保つことが出来るし手入れが一切不要なので、最近流行していて、僕も仕事で作る機会が増えていた。
「それ、気に入ったのか」
「はい、あのこれにしようかな。これを……僕の小遣いで買ってみようかと」
「あぁ、いいね!」
一つだけ置かれたグリーン系のボトル。
気になって手に取ると、なんと四つ葉のクローバーが入っていた。
『幸せな四つ葉』は、僕のラッキーアイテムだ。
僕と宗吾さんが出会った日の大切な思い出……
あの日の四つ葉はすぐに枯れてしまったが、心の中ではいつもこのガラス瓶の中のように瑞々しいままだ。
「これは、まるで僕の心を映しているようです」
大切に握りしめ、レジに向かった。
思い出は記憶の中に存在するものだが、こんな風に形にしてみるのも時にはいい。
お母さんからもらった小遣いは、いつまでも握りしめていたかったが、大切なアイテムと引き換えることにした。
大切なものを、大切なものへ――
受け渡していく。
ともだちにシェアしよう!