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深まる絆 5
「葉山。そろそろ上がるか」
「そうだね。今日はだいぶ捗ったね」
今日は屋外の高所作業があったので、動きやすい作業服姿だった。
前回はツナギで作業中に頭から水を被ってしまったので、絶対に同じ轍は踏むまいと、意識的に金森くんから離れて歩くようにしたお陰で無事だった。
「あれ? もう先輩たち上がりですか。俺も上がっていいですか。一緒に更衣室で着替えたいっす。ううう、ここは寒いですよぉ~」
うわっ気まずいな、それ……
あの日を反芻すると、やっぱりアレは猛反省だ。
ずぶ濡れになった僕は更衣室で着替え中に、太腿の内側に宗吾さんにつけられた痕を見つけ、つい指で辿ってしまった。 (これに関しては僕が100%悪い! 仕事中にありえない行動だった! )
ニューヨーク出張中の彼に思いを馳せていたら、いきなり扉が開いて金森くんが現れた。
あの時の彼の視線は、僕の太腿に向いていたような。(内側の痕までは見えなかったと思いたい…… )
その後『葉山先輩、あの時は猛烈に可愛くてヤバかったです』と、しつこく言われて散々だった。
「駄目だ。新人は先輩の後だろう。ここを片付けてから来い」
「うげげ、菅野先輩は厳しすぎですよー」
「当然だ! 」
流石、菅野だ。ビシバシと要所要所で言い切ってくれる。
「……菅野は格好いいね。いつもキリッと言えて」
「よせやいミズキちゃん。俺が彼女いないの知っているクセにさ~」
「くすっ。いや、きっとモテるはずだ!」
菅野と談笑しながら更衣室で着替えネクタイを締めていると、不思議な顔をされた。
「葉山って、どうして、そんなに若く見えるんだ?」
「ん?」
「さっきみたいに作業服を着ていれば大学生みたいだし、スーツを着ていても就活中みたいだよな」
「えぇっ! 僕を何歳だと? 」
「ずるいな。俺と同い年には見えないぞ」
「そんなことない。旅行先では芽生くんのパパだと思われたよ」
「へぇ? それ本当か」
「ほ……本当だ!」
確かに北海道旅行中に、芽生くんのパパだと何度か間違えられたはず……?
「くくっウソっぽい」
「本当だって!」
「まぁいいや。早く上がれよ。今から迎えに行くんだろう? 新米パパくん」
「うん……ありがとうな」
菅野は本当に頼りになる。僕のプライベートの事情も理解してくれて、感謝の気持ちで一杯だ。
「あれぇ葉山先輩、もう上がりですか。そろそろまた飲みにつれていってくださいよー」
「……悪い、また今度ね」
「またフラレタ……」
「よし、俺様が連れて行って、お前を潰してやろう」
「菅野先輩と差しで? そ、それだけは遠慮しまっす!! 」
****
今日は僕が、延長保育中の芽生くんを迎えに行く約束だった。
「すみません。滝沢芽生の家族ですが迎えに来ました」
「あぁハイ、芽生くんーお兄ちゃんが来たわよ」
幼稚園の先生の声が、ホールに響く。
くすっ、やっぱりここでは『お兄ちゃん』なのか。
すると幼稚園児の女の子がわらわらと数人寄って来た。何故か取り囲まれて焦ってしまう。
「な、何かな?」
「お兄さんって、芽生くんのお兄さんなんでしょう?」
「う、ん……」
ここは話を合わせた方がいいのかな。ところが……
「ねぇねぇ今、高校生なのぉ? カッコいいー!」
「えっ!? 」
僕、一応スーツ着ているよ? 流石に高校生はないだろうと苦笑してしまった。しかしイマドキの幼稚園児は侮れない。
「お兄さん、その制服にあっているね」
「???」
制服ってスーツのこと? うーん、子供から見たら大人って絶対的に年上に見えるはずなのに、流石に変だなと首を傾げていると、芽生くんがパタパタと走ってきた。
「おにーちゃん!」
「芽生くん、今日は僕が迎えに来たよ」
「うれしいな~」
帰り道、芽生くんに女の子たちの話をすると通園バッグから何か取り出した。
手紙かな? 画用紙を折った紙にクレヨンで赤いハートマークが沢山。
「な、何かな? 」
「おにいちゃんにラブレターだって」
「ええ!」
1通や2通じゃないよ。ドバっと束で……!
こんなにもらったことない!っていうか、これって宗吾さんに見つかったら絶対にイケナイやつだ!
「な、何で急に?」
「あのねぇ~ お兄ちゃんって。ようちえんで、アイドルになったんだよ」
「あ……アイドル?? 」
またまた新手な……
「ほら、このまえホッカイドウでとった写真をキーホルダーにしてくれたでしょう? クラスの女の子たちが、おにいちゃんを見て、カッコいいーって、キャーキャーいってたよ」
「え? あれを幼稚園に持って行ったの? 」
先日、芽生くんの部屋のおもちゃのマシーンで、いくつか冗談半分で作ったものだ。
「うん!! 」
「そ、そうなんだね」
嬉しいような、怖いような……
「うんどうかいで、おにいちゃんにあえるの、みーんなたのしみにしている」
「そ、そう」
その時の宗吾さんの反応を思うと、ゾクゾクする……
それはさておき、こんな風に何もない平凡な日常が、一番幸せだ。
芽生くんと手をつないで歩く帰り道が、愛おしい。
「おにーちゃん、今日はおばあちゃんのおうちによる?」
「そうだね。お庭の様子を見たいし、寄って行こうか」
「やった! 」
「ボクねおばーちゃんもだいすきなんだ。おにいちゃんは? 」
「僕もだよ。だって……芽生くんのおばあちゃんは、僕の……お母さんだからね」
そして大好きな3人目のお母さんに会いに行く。
仕事では、毎日様々なことが起きて疲弊するが、僕を全面的に支えてくれる日常が、こんな風に愛おしいので頑張れる。
頑張ろうと思えるよ!
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