473 / 1740
深まる絆 4
「契約解除の件は伺っていますが、預かっていた書類の返却? はぁ……書類の保管場所が違うので、今から取り寄せますが、その日に間に合うか。でもどういう理由で急ぐんですか。はっきり仰っていただかないと、こちらも困るんですよ!! 」
入社3年目の若者が、カリカリと声を荒立てて隣のデスクで電話をしていた。
広告の契約はそのまま延長か打ち切りか、様々なパターンがある。今回だって日常茶飯事だぞ。なのに、その上から目線の言い方は、聞いていて嫌な気分になる。
こんな時……瑞樹だったら、相手を敬いながら丁寧にスピーディーにこなしていくだろう。
「ふぅ頭来るな! 完全に向こう都合の契約解除なのに、書類、書類って五月蠅いんだよ! 」
ガシャンっと力任せに受話器を置いたので、流石に先輩として物申すことにした。
「おい? 今回は相手から契約解除金もしっかりもらって正規ルートでの解約だろう。今の言い方では喧嘩をふっかけているみたいだぞ」
「滝沢さん。ですが頭に来ません? うちの部署にいくらの損失なんだか」
同意を求められて、呆れてしまった。
「そんなの仕事にはつきものだ。むしろ大切なのは終わり方だよ。気持ち良く終われば、好印象を持ってもらえ、またの機会に恵まれるが、今みたいな言い方では、まぁ無理だな」
「……そうでしょうか」
「そうだよ。まぁきっと先方は二度と我が社に依頼してこないだろうな」
「ふん、いいですよ。あんな中小企業っ」
「おい! お前っ何て言い草を。どんな規模だろうが、大切なお客様だろう」
「……」
彼は納得いかない顔で、黙りこくってしまった。
ふぅ、疲れる……仕事にはこういった人間同士の心の衝突も含んでいるからな。だが仕事自体が忙しい上に人間関係までギスギスするのは、本当に疲れるな。
大きく伸びをしていると、カメラマンの林さんがやってきた。
「滝沢さん、お疲れのところすまないが、クライアントに渡すゲラのチェックをしてもらえますか」
「あぁ確かホテルのデザートビッフェのだったな」
「えぇストロベリーフェアですよ」
「もう苺の季節か」
「この業界、なんでも季節先取りですからね」
林さんが広げて見せてくれた試し刷りのポスターに、一気に心が晴れ渡った。
苺パフェにショートケーキ、苺のパンケーキに、シンプルな苺の……
「滝沢さん? なぜそんな清々しい顔を」
「いや、ここが特にいいな」
「あぁ練乳がけの苺ですね」
「そう! この乳白色の色合いといい、苺のツンと尖った先端の形がいい。さぞかし甘酸っぱい味だろうなぁ」
そこまで喋ると、林さんが苦笑した。
「ん? なんで笑う?」
「いや、滝沢さんがそんなに熱く語るってことは、また何かありそうですね」
「おい? こっちは真剣にゲラチェックしているのに、ひどいな。今回のポスターはイベント広告にも使われるものだろう? 念には念を入れてクライアントに確認をした方がいいぞ」
「了解です。じゃ、ありがとうございました。あ、滝沢さんは苺にはやっぱり練乳党ですかね?」
「ん? あぁ、もちろんだ!! 」
林さんが去った後は、練乳がけの苺の映像が脳内に残った。
おれは瑞樹にも……練乳党だ。なんてな! (アホだ、俺……)
この妄想は、絶対に勤務時間にしちゃいけないヤツだ。つまり、俺の監視委員会所属の芽生が傍にいたら間違いなく『パパ、また鼻の下が~』って言われるレベルだ!
後輩を窘めた手前、ビシッとせねば。
給湯室でブラックコーヒーを飲みながら、甘い気分を封印した。
四角いビルの窓からも、秋晴れの青空がよく見える。
「久しぶりに晴れたな。このまま運動会まで天気、持ってくれよ」
何しろ今年の運動会は、芽生の幼稚園生活でラストになるので特別だ。去年はニューヨークに出張中で行けなかったし、瑞樹が運動会で初めて玲子と出くわすハプニングがあって大変だったな。
あの時の瑞樹は……いじらしい程、玲子にされたことをひた隠して……本当に申し訳なかった。俺サイドに巻き込んでしまった負い目を最初はひしひしと感じていたが、今は違う。
俺も瑞樹も、同じ立ち位置にいる。芽生の子育てを、瑞樹と二人三脚でしている自覚を双方が持っている。
若いパパとさんと落ち着いたパパさんと、周りのママさんから冷やかされるが、どちらも芽生を愛するパパなのさ。
あーやっぱり早く君に会いたくなるな。
瑞樹……君って人は、俺にとって最高の甘い恋人だ。
ともだちにシェアしよう!