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深まる絆 15

「葉山、そろそろブレイクタイムしようぜ」 「あぁ、もうこんな時間か」  時計を見ると、もう15時だった。  給湯室で菅野がコーヒーを淹れてくれたので、息を吹きかけ冷ましながら飲んでいると、ポケットのスマホが震えた。 「ごめん。電話出ていい?」 「どーぞ」  お母さんから、だった。 「瑞樹くん、お仕事中ごめんなさいね。今、大丈夫?」 「はい。あの、どうでしたか」 「ずっと気になっていたでしょう。美智さんからも早く知らせて欲しいと言われたのよ」 「えぇ実は今日1日ずっとドキドキしていました。あっすみません、なんだか変ですよね。僕は関係ないのに……」 「そんなことないわ。あなたも一緒よ。あなたはもう、宗吾と同じ立場なの」 「お母さん……ありがとうございます」  お母さんは、いつも僕の弱気な心を言葉でスッと整えてくれる。  それにしても結果はどうだったのかな。  あと1%の可能性が欲しい! 「無事に妊娠していたそうよ。ちゃんと病院で赤ちゃんの心拍が確認されて、今7週目だからこのまま順調に行けば、出産予定日は来年の5月だそうよ」 「良かった! おめでとうございます。5月……いい季節ですね」  電話を切った後も、僕はまだ興奮していた。  僕自身が5月生まれで、芽生くんも5月生まれだ。5月が誕生日の仲間が増えるのは嬉しくて堪らない。  どうか無事に美智さんのお腹の中で成長して、この世に生まれておいで……  夏樹、どうか見守ってあげて。  宗吾さんを無事にオジサンにしてあげて欲しい。あれ、でもオジサンって呼ばれるの嫌がりそうだな。くすっ。  あれこれ考えていると、楽しくなってしまった。 「葉山、いいニュースみたいだな」 「あ、うん。宗吾さんのお兄さんの所が、赤ちゃんを授かったんだ」 「そうか! それは良かったな」 「でも……僕には何も出来ないのがもどかしいよ。無事に産まれてくれるのを祈ることくらいしか……」 「でも祈りたいことがあるのが、素敵だ」 「そうだね。赤ちゃんって、びっくりする位、小さい存在だよ」 「あぁ誰もが……あそこからスタートしている」  菅野と和やかに話していると、金森が乱入してきた。 「先輩方ー! 耳よりな情報です」 「なんだよ? ろくでもない話だろ、どーせ」 「さっき今年の社員旅行の部屋割りが決まったんですよ」 「そういえば来月だったか」 「あ、そうか。すっかり忘れていたよ」 「えー酷いな。葉山先輩と同室なのに~」  ギョッとしてしまった。金森鉄平と同室? 「えぇ!」 「何だって」  菅野と声が揃ってしまった。 「ひどいですよーそんなに驚かなくても、おふたりは仲良しぎで怪しいですね。まさか! 」 「馬鹿、お前の頭は乏しいな」  菅野がやれやれと言った様子で、金森を小突いていた。  社内旅行か、すっかり忘れていたな。芽生くんの運動会とハロウィンで頭がいっぱいで…… 「しかし金森と同室なんて大丈夫かな。まぁ……あまり深く考えないでおこう」 「いやいや、葉山。深く考えた方がいいぜ。まぁ俺があいつを二度と起きて来られないように潰してやるから、安心しろ」 「えっと……二度と起きないのは困るよ」 「あ、確かに! ぷぷぷっ」  菅野はいい奴だな。  底抜けに明るい人柄で、僕を職場で引っ張ってくれる。 ****  家に帰ると、宗吾さんが鼻歌を歌いながら台所に立っていた。  僕もそうだが、彼も上機嫌のようだ。 「宗吾さん、ただいま」 「おう、まずは手洗いうがいだ」 「はい!」  なんだか子供みたいに扱われているよなと苦笑した。洗面所で鏡を見つめると、僕も晴れやかな明るい顔をしていた。どうやら美智さんのおめでたのニュースが、ずっと心を弾ませてくれているようだ。 「瑞樹おかえり、おつかれさん、君ももう聞いたよな」 「えぇ、良かったですね」 「今度こそ。でも気負わないで過ごして欲しいな」 「そうですね」 「あーもしかしたら来年には瑞樹もオジサンか」 「え? オジサンは宗吾さんですよ?」 「いや、君も道連れさ」 「もう……っ、でも宗吾さんと同じなのは、嬉しいですが」 「サンキュ!」  手を洗い終わり、うがいもした。    宗吾さんはそんな僕の様子を、一部始終、鏡越しに見つめている。 「あの……そんなに見ないでください。恥ずかしいんですけど」 「いつ見ても、瑞樹は可愛いな。若々しいし」 「……さっきは、オジサンと」 「まぁそう拗ねるな。そうだ。きっと北海道の広樹からも近々いい知らせあるんじゃないか。そんなことを含んでいたような」 「えぇ! そうだったら二倍嬉しくなります! 」  幸せの連鎖……本当に起こったらいいな。  新しい命はいい。  身近に誕生する命は、僕の心を癒してくれる。  喪失感を埋めてくれるから。       

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