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深まる絆 14

 瑞樹の手首を掴んだまま、扉を開くと……  黒いアップライトピアノの前で、兄夫婦がまるで幸せを分かち合うように、お互いの身体を寄せ合っていた。抱き合っていたのだ。 「おっ……おっと、悪い」 「そ、宗吾! お前って奴は」  兄は弟に見られたのが照れ臭かったようで、滅多に表情を崩さない顔が、真っ赤になっていた。 「す、すみません! お邪魔しました!」  瑞樹も赤い顔で、今度は俺の手を引っ張って、逃げようとする。  君はさっきもドラッグストアで似た行動をしていたな。パニックになると逃げる癖があるのか……くくっ、やっぱり可愛いな。 「おいおい、瑞樹、そう焦るなって。この場合はプラスに考えてみようじゃないか」 「ですがっ」  抱擁していた意味は、つまり?  「兄さん、もしかして……」 「あぁそうなんだ。まだ99%だから断言できないが、美智が妊娠したらしい」 「わ! やっぱり」 「憲吾さんってば、恥ずかしいわ。明日ちゃんと病院に行ってからじゃないと……」 「あ、すまん。嬉しくてつい」 「やったな! 兄さん」  俺と瑞樹も、今度は顔を見合わせて微笑んだ。  いいニュースだ。美智さんは一度死産を経験しているので本当に良かった。  今度こそ、元気に産まれて欲しい。 「いいニュースですね。本当に……」  瑞樹も俺の身内の懐妊に、心から感激してくれていた。  瑞樹には最初は嫌な思いをさせてしまったが、母さんが倒れたのがきっかけで兄夫婦に彼を紹介出来て、関係を受け入れてもらえて良かった。  この場に彼がいてくれるのが嬉しい。   「瑞樹くん、宗吾さん。子育てでは先輩だから、頼りにしているわ。これからもよろしくね」 「あ、もちろんです。僕に出来ることがあったら何でも! 」 「あぁ俺たちも家族ぐるみで協力したいよ」  俺たちが話し込んでると、母さんと芽生がワクワクした顔でやってきた。 「あなたたち、居間に入らないで何をしているの?」 「お母さん、あの……」 「美智さん、どうだった?」  美智さんの代わりに、兄が勢いよく返事した。 「99%だ!」 「ははっ兄さん、よほど、その確率が気に入ったらしいな」  几帳面な兄らしい。でも兄も変わった。自ら検査薬を買ってくる人間では絶対になかったのに。美智さんのために協力的な兄を見て、心が和む。同時に俺も瑞樹のために、もっともっと色んなことをしてやりたいと思った。  ずっと幸せに臆病だった瑞樹の世界を、もっともっと輝かせてあげたい。 「まぁ本当に? よかったわ……本当に。明日病院に行っていらっしゃいね」 「はい。まだ信じられません……夢みたいです。治療を再会しようと思った矢先だったので」 「ふふっ、きっとあなたたちの仲良しな様子を、神様が見てくれたのね」 「……はい!」  その晩の夕食は、とても和やかだった。  美智さんのお手製コロッケはとても美味しかった。俺たちはなかなかコロッケを一から作る機会がないので、感激した。  揚げ物か……今度、がんばってみるか。 「瑞樹、美味しいな」 「はい。手作りって、どうしてこんなに美味しいのでしょうね」 「……愛情が籠っているからか」 「はい。手作りには敵いませんね。僕も昔よく、母にコロッケを作ってもらっていたようですよ」  彼が甘く……はにかむように微笑む。 「そうか。北海道のジャガイモは美味しいもんな」 「えぇ、あのコロッケも……このコロッケと同じで、愛情一杯だったのですね……今更ですが。またいつでも食べられると思って、その時は美味しいって母に言わなかったのが残念だな」  今……彼の瞳は過去に向いている。  懐かしい思い出と向き合っているのだ。  最近の瑞樹は、こんな風に、亡くなった家族との日常を、ふとした瞬間に思い出すようだ。 「美味しかったな。瑞樹」 「はい……あれはとても美味しかったです」  彼の思い出は俺の目には見えないが、気持ちを寄り添わすことは出来る。  いつもいつだって……彼の心の傍に、俺はいたい。  帰り道、瑞樹がぼそっと呟いた。 「宗吾さん……美智さんの赤ちゃん、今度こそ無事に産まれるといいですね」 「あぁ、そうだな」  逝ってしまった命を知っている瑞樹だからこそ、強く願うこと。

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