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深まる絆 17

 遅いな。もうとっくに芽生は寝ただろうに、一体何をしているのか。  瑞樹がなかなか寝室に現れないので、痺れを切らして様子を見に来てしまった。すると彼は自分の部屋で大型本を広げて、熱心に読み込んでいた。 「おい、瑞樹? まだ寝ないのか」  手元を見ると、それはカラフルな料理本だった。 「すみません。運動会のお弁当を考えていました」 「おぉ悪いな、任せっきりで」 「いえ。あの……宗吾さんって、おにぎりを握るの得意ですか」 「えっ」  これは痛い所を突かれたな。正直に言うと苦手だ。実は瑞樹と出会う前に、芽生の弁当作りで何度か試したが、力の入れ加減や抜き加減が難しいし、うまく三角になってくれないのでボロボロだった。だが、おかずを瑞樹に任せきりにしている手前、そんな情けないことは言えず、強気に応えてしまった。 「あぁ、まぁな」 「よかった! 当日、僕は唐揚げを頑張りますので、宗吾さんはおにぎり係でいいですか」 「いいぞ、任せておけ」 「やっぱり頼りになりますね。ついでに、もう少し相談しても? 」 「なんだ? 」  彼に頼られるのは心地良いので、大歓迎だ。 「運動会のお弁当って、やっぱり唐揚げと卵焼きが定番でしょうか。バス停のママさんにリサーチしたら、皆さんそう仰っていたので」 「おぅ俺の思い出はやっぱりそれだな」 「なるほど」 「そうだ。君はどんな弁当が思い出に残っている? 」  聞いた瞬間に、しまったと思った。あー俺は馬鹿だな、まったく学ばない。 「……母は花屋の仕事が忙しくて、手作りのお弁当まではなかなか……それから大沼の母のお弁当もハッキリ思い出せなくて」 「……悪い。ごめんな」 「謝らないで下さい。大丈夫ですから」 「あ……ほら、大沼でもらったお母さんのレシピノートに、確か卵焼きの作り方があっただろう。あれを作ってみたらどうだ?」 「あ、そうですね! 」  瑞樹が気を取り直した様子でニコッと微笑んでくれたので、胸を撫で降ろした。 「それよりさっきは、芽生くんに可哀想な想いをさせてしまいましたね」 「あぁ俺も気が付かなくて。あの子なりに離婚の時の出来事がショックになっているんだなと気づかされたよ。反省している」 「……宗吾さん、僕たちはこれからですよ。芽生くんはまだ6歳。楽しく明るい思い出を沢山積み重ねていきたいですね。芽生くんの笑顔は、僕たちの喜びですから」  優しい瑞樹。  君といると、自分がしてしまった過去は消せないが……今をしっかり生きて、更に未来を大きく広げていこうと、前向きな気持ちになれるよ。 「あぁそうだな。よーしっ、まずは運動会を頑張ろう。ところで、おにぎりは何個握ればいい? 」 「えっと20個くらいでしょうか」 「20個も!! 」 「はい、実は……憲吾さんと美智さんもお昼の時間にかけて、少し見に来てくれるそうなので。美智さんの体調次第ですが、憲吾さんがとにかく乗り気で」 「へっ? 誰が、いつ、そんなことを?」 「……あの、憲吾さんが直接僕にメールで」  なんだって、聞いてないぞ。ってか、なんで兄が瑞樹と直接やりとりしてるんだ―! 俺を通せ! と心の中で子供みたいに叫んでいた。 「つまり、兄貴が俺の大事な瑞樹の愛妻弁当を食べるのか」 「くすっ、その愛妻弁当って何ですか」 「うー瑞樹の手料理を食わせるのか、悔しいな」 「もうっ心が狭いですよ、最近の宗吾さんって」  確かに俺って、こんなに独占欲が強かったか。  君にもっと触れたい、少しも離れたくない。  そんな思いが渦を巻くんだ。瑞樹と楽しく過ごせば過ごす程、強くなる。 「……芽生の運動会に来てくれるのは嬉しいぞ。甥っ子に関心なんて全くなかった人だったのに。それにしても兄はも堅物だったはずだが、瑞樹や芽生の前では、かなりデレているような」 「ふふ、そうなんですか……でも宗吾さん程では? 」 「ははっ言ったな。よしっ俺はおにぎり作りを頑張るよ」 「くすっ……はい。期待していますね」  瑞樹が料理本を閉じて、クスクス甘く笑いながら立ち上がった。その仕草があまりに可愛かったので、顎を掴んで上を向かせると、静かに瞼を閉じてくれた。  これは俺を受け入れてくれる合図だ。 「ん……っ」  キスを深めて行く。  舌を濃厚に絡め合うと、彼の口から次第に甘い吐息が漏れて出してくる。  腰を抱いて下半身を密着させると、小さく震えてくれる。  すっかり感じやすくなった躰に、目を細めてしまう。 「君をベッドに連れて行っても?」 「はい……」

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