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深まる絆 30
「二人とも、お疲れさん!」
保護者の綱引きを終えて息を切らしながら観覧席に戻ると、憲吾さんが立っていた。
「け、憲吾さん、さっきのアレ……撮りました?」
「あぁバッチリな」
「うわぁ……恥ずかしいです」
「いや、そんなことない。すごく可愛かったぞ。なんだか瑞樹くんは、まだまだ子供みたいで、やんちゃだな」
『やんちゃ』って……そんな風に言われたことないのに、憲吾さんに真顔で言われて、ますます恥ずかしくなってしまった。
「ううっ……」
「上映会には、ぜひ私も呼んでくれ」
憲吾さんに預けていたビデオカメラを返してもらった。これを皆の前で上映する日が来るのかな。
「瑞樹、気にするなって。いい腰していたぜ」
「何を見ていたんですか! もうっ」
「ははは。真剣に綱引きしていただけだよ。派手に尻餅ついたな。尻、痛くないか」
「ううっ……」
宗吾さんが僕のジーンズについた泥を、手で叩いて落としてくれた。見ればヒップから足にかけて泥だらけだ。まるで道端で転んでしまった小さな子供のような扱いで、恥ずかしい!
「手はどうだ? 」
「あ……はい!」
「こっちは少し赤くなってしまったな。大丈夫か。俺にも軍手貸してくれてサンキュ! 」
「こちらこそ、ありがとうございます! 」
軍手をしていた手は無事だった。していなかった手はヒリヒリしていたので、宗吾さんの心配ももっともだったと、改めて感謝した。
それにしても尻餅なんてついたの、いつぶりだろう。あんなに本気で腕に力を込めたのも久しぶりだった。とにかく、がむしゃらに何かを引き寄せたいという、単純なパワーに包まれていた。
保護者の綱引きって侮れないな。夢中になったお陰で、最後は心地良い疲労感で一杯だ。あーでも、最後の最後で引っ張られて負けてしまったな。
「でも、負けてしまって悔しかったです」
宗吾さんが僕の言葉に、意外そうな顔をした。
「へぇ君でもそんな気持ちになるんだな。瑞樹、綱引きでいい経験をしたな」
「いい経験? 」
「あぁ悔しい気持ちって自分を成長させる原動力になるんだ。悔しい気持ちをバネにすることで、今までにない結果を手に入れられたりするし」
恐らく宗吾さんいう人は、いつだって悔しさをバネに生きて来た人なのだ。でも僕は今までは真逆だった。悔しがる程の努力はせずに、最初から参加しないで戦わない方を選び、自分の身を守り、保身に走っていた。10歳で両親を亡くしてしまった僕には、その道しか見えていなかった。
「悔しさは本気で頑張った証だし、特にスポーツでの負けって爽やかだよな。いいメンタル強化になるよ」
「確かに、そうですね」
実際に綱引きに参加したせいか、宗吾さんの言葉がすっと入って来る。
「俺なんて今まで悔しいと思える失敗だらけさ。でも失敗に対する免疫が出来たのか、だいぶ冷静に対処できるようになったよ。『失敗は成功のもと』って言うしな」
何でも包み隠さずに話してくれる宗吾さんは、やっぱり素敵だ。
時々ヘンな事も言うけれども……やっぱり最後は決める人なんだ。
好きな気持ちを込めて、彼を見つめた。
宗吾さんのお陰で、今の僕は過去の自分に正直に向き合える。
「僕は……いつも失敗を恐れていました」
「……うん、分かるよ。失敗は怖いよな。でも失敗して悔しい思いをした分、人は強くなれるものさ」
「はい、だからこれからはもっと挑戦してみようと思います」
「あぁ俺がついているから、やってみるといい。瑞樹、やってみろ。怖くないよ」
あぁそうか。僕は……ずっとこんな風に支えて欲しかったのだ。
僕達のやりとりを聞いていた憲吾さんが、感心したように呟いた。
「宗吾と瑞樹くんは凸凹を補い、支え合って、本当にいい家族だな。こんな親を持った子は幸せだ。私も見習いたいよ」
「え! そんな台詞を言うなんて……なんだか今までの兄さんじゃないみたいだ」
「そうか」
宗吾さんは心底驚いていたが、ニヤリと笑う憲吾さんの顔はどこまでも嬉しそうだ。憲吾さんの第一印象って冷たい印象だったのに、こんなにも短期間で変わるなんて。
「私は変わろうと努力している最中だから、『私らしくない』とは最高の褒め言葉だ。瑞樹くん、私も頑張っているよ」
「はい! あの、僕も頑張りたいです」
短期間で変われたのは、憲吾さんが日々積極的に自分の殻を破る努力しているからだ。
僕も頑張る努力を怠らないようにしたい。芽生くんの前に立つ人間として、自分にもっと自信を持ちたいんだ。
いくつになっても、なりたい自分になれるよう努力をするのは、遅くない。
「さぁ堅苦しい話は、もうこれ位にしよう。もっと純粋に楽しもうぜ。幼稚園最後の運動会も、後半戦だぞ!」
「そうですね。 あの、次は何でしょうか」
「えっと、あぁ『親子で踊ろうマイム・マイム』だな」
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