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深まる絆 33

「芽生がリレーの選手に選ばれるなんて、嬉しいな」 「宗吾さんに似たんですね」 「俺は走るが好きなんだよ。あ、でも瑞樹も好きだろう?」 「はい。大沼ではよく弟と野原を駆け回っていましたよ」 「じゃあ……二人に似たんだな」 「あ……はいっ」  宗吾さんのおおらかな一言に、ほっこりした。  それから、あの大沼のペンションに飾ってあった母の写真を思い出した。雄大な北の大地を小さな足で踏みしめた日々……僕の後ろを懸命に追いかけてくる小さな弟のために、わざとスピードを落としてあげた。  午後になり疲労が出る時間帯だが、まだまだ今日の僕は頑張れそうだ。すっかりハイテンションになっていた。きっと周りの保護者も同じ状態なんだろうな。 「さぁ始まるぞ」 「いよいよですね」  芽生くんがリレーの選手に選ばれたと聞いた時は、心の底から嬉しかった。家でも何度もバトンの受け渡しの練習をしていたので、しっかり応援してあげたい。僕は一眼レフ、宗吾さんはビデオを構えて準備万端だ。 『いよいよ、選抜メンバーによるリレーのスタートです。いちについて、よーい、ドンっ‼ 』 『わぁぁー』  大歓声の中、猛烈な勢いで園児たちが次々と目の前を通り過ぎていく。  僕の心臓もドキドキだ。 「頑張れー! 」 「頑張って!」  芽生くんだけでない。真剣な顔で走り抜けていく園児ひとりひとりに大きな声援を送った。こんな風に腹の底から声を出すのは久しぶりで、気持ちいい。運動会って、観客もスポーツしている気分になるんだね。 「お、次は芽生だぞ」 「はい」  バトンをちゃんと渡せるかな……ドキドキするよ。  どうか上手く行きますように! 「おおっ芽生が一番にバトンを受け継ぐぞ」 「そうですね」 「よしっ! バトンはOKだ」 「よかったです」  周りの父兄よりも一段と背が高い宗吾さんが実況中継してくれるので、応援にも力が入る。 「芽生くん、頑張って!」 「頑張れー芽生! 」  直線で後ろの子がグングン追い上げているので、かなり接戦になっている。 「あっ!」  するとカーブで、芽生くんの足がもつれてしまった。  えっ……まさか転んでしまう?  ひやりとして、目を瞑ってしまった。  いや駄目だ!   どんな結果であっても、ちゃんと見ないと! 「わぁ! 」  芽生くんはカーブを曲がりきれず、つんのめって転んでしまい、後ろの走者に一気に抜かされてしまった。 「あぁー」 「まぁ可哀想に」  周りの落胆した声、心配する声が聴こえる中、むくりと起き上がった芽生くんは一瞬泣きそうな顔になったが、そのまま走り出した。 「頑張れ! 」 「頑張れ! 」    僕と宗吾さんの声が、ぴたりと重なった。  結局、最下位でバトンを渡すことになってしまったが、最後まで諦めずに走り切った。  走り終わった園児の待機所で体育座りしている芽生くんは膝小僧を擦り剝いてしまったらしく、先生に話しかけられていた。  本当は痛くて悔しくて泣きたいだろうに、ぐっと我慢し、頬を高揚させている顔が凛々しかった。 「芽生くん……頑張りましたね」 「あ、あぁ」  振り向いた宗吾さんの目は赤かった。 「すまん、じーんとしちゃってな。俺も小学校のリレーで派手に転んでしまったから気持ちが分かるんだ」 「……はい」 「あの日を思い出したよ」    先日見せてもらったあの写真の宗吾さんだ。 「俺は悔しくて泣いてしまったのに、芽生は……」 「きっと今は必死に我慢しているんでしょうね」  今……僕たちが近寄ったら、気が緩んできっと大泣きしてしまうだろう。  芽生くんは先生と傷を水で洗って再び列に戻って来た。運動会も大詰めで、このまま『年長さん全員リレー』という種目に入るそうだ。  今は声を掛けずに見守った方がいい……。 「芽生くん、次、出られそうですね」 「あぁ……とにかく見守ろう」 「あ、僕もそう思っていました」  そうか……いつまでも手取り足取りでは駄目なんだな。    手を差し出すのは簡単だ。赤ちゃんの頃のように抱きしめて慰めてあげたいのを、僕はグッと我慢した。  芽生くんの心の成長も一緒に応援しよう。  さぁ……幼稚園最後の運動会の種目が始まる!    

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