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恋満ちる 6

 部署に入るなり女性社員から耳打ちされたのは、金森鉄平が葉山の過去を嗅ぎまわっているとの情報だった。  ほぉぉー社内でそんな行動に出るとは、浅はかな奴! これは放っておけないな。  昨日の朝、男に言い寄られる瑞樹を助けてから、彼に群がる男を駆除するのが、俺の役目のような気がしてきた。だから俺は、呑気にデスクで鼻歌を歌う金森の首根っこを掴まえて、給湯室の壁にドンっと押し付けた。 (念のため俺の名誉のために断っておくが、けっして壁ドンではない) 「な、なんですか」 「お前さ、葉山のことなんで嗅ぎまわっている? 」 「え、なんでそれを」 「筒抜けだ! 葉山に手を出したら……俺が許さないから」  俺の言葉に、金森は目を見開いて驚いた。どうだ、びびったか。 「えっと……それって……やっぱり菅野先輩と葉山先輩って付き合っているってことですか」  ところが返って来たのは、更に素っ頓狂な質問だった。  おいおい……そうじゃねーよ! 「はぁぁ? お前なぁ……」  がっくしと肩を落としてしまった。見当違いにも程がある。  俺と葉山は純粋に会社の同期だ。  お互い大卒で加々美花壇に入社し、新入社員時からブライダル部門で4年も顔を突き合わせている仲なんだ。  葉山は多くを語らない男だが、ずっと近くで見守って来た大切な友人だ。そんな葉山が男と付き合っていると知ったのは、今年の春、3カ月の休職をして葉山が復帰した後だった。今まではひた隠しにしていた彼が、自宅マンションに招いてくれ……プライベートを初めて明かしてくれたあの夜、全部腑に落ちた。  ただ……葉山から真相を詳細に聞いたわけじゃない。  全部俺が察した範疇だが、滝沢さんという広告代理店に勤める年上の男性はバツイチで6歳になる幼稚園年長の息子がいる。葉山は今、その二人と一緒に、家族として仲良く幸せに暮らしている。  彼も否定しないので、正解だと認識している。  葉山は滝沢さんと出会う前に大きな別れを経験したようで、酷い顔をしていた時期があった。泣き叫びたいのを我慢しながら笑っているような、寂しい笑顔ばかり浮かべていた。あの頃の俺は一番近くにいるのに、何も出来ないのが、もどかしかった。  そんな葉山を幸せにしてくれる人が現れたんだ。応援するに決まっているさ。  それに……葉山の手の傷も、ずっと気になっている。  彼にはおそらく、手の傷よりも深い、心の傷がある。  駅のホームで見知らぬ男に腕を掴まれた時に、本気で吐きそうになっていた。死にそうな顔をしていた。  まさか、もしかして……  だとしたら、絶対に守ってやりたい。  葉山に恐怖を与える奴は、徹底的に排除してやる。    俺には職場で出来ることが、あるはずだ。  まぁ、まずはコイツの処理だな。 「金森鉄平。お前、葉山が好きなのか」 「え……」  顔を真っ赤にして狼狽えている。図星か。 「吐け! 葉山のどこが好きなんだ? どういう意味で……好きなんだ? 」 「え……あの、その……そ、尊敬しているんです。可愛いのに仕事では自分を持っていて、凛としていて、人間としても学ぶ所が多いから」  ん? そういう好きなのか。本当か。  たとえそうであっても、念を押しておきたい。   「お願いだから怖がらせないでくれ。アイツを大切に思うのなら、そっとしておいてくれ」 「……あの、葉山先輩は何か大きな苦労をしているんですか。人知れず……」 「ふっ、お前にも少しは分かるのか。葉山はな、もう生涯の幸せを掴んだ男だよ。だから俺たちに出来るのは、葉山がやっと掴んだ幸せを見守って、守ってやることだけだ。分かるか」 「……あ、はい」  金森鉄平は無鉄砲だが、悪い奴じゃない。  自分の感情に素直なのと、思い込みが少し激しいのが欠点なだけだ。 「お前は、いい奴だよ。信じてる」 「……分かりました。菅野先輩がそこまで言うのなら……信じられます。俺、突っ走る所があって……菅野先輩に早めにハッキリ言ってもらえて、スッキリしました」 「……サンキュ」  彼の肩を労うように撫でて、俺は部署に戻った。 ***  菅野……ありがとう。  パーテーションの向こうで、偶然聞いてしまった二人の会話に胸が熱くなった。  改めて菅野という同期の人の良さを実感し……同時に金森という後輩に対しての意識も変わった。  金森に対しては……実の所、扱い難さと得体の知れない怖さを少し抱いていたが、今の会話を聞いてスッキリした。  話せば分かる奴だ。  頭から決めつけないでよかった。  彼は自分の欠点を素直に受け入れられる男だった。    僕は欠点は……伸びしろだと思う。そこを満たしていけば、きっと大きく成長できるはずだ。  人は自分の欠点から目を逸らしたくなるものだが、欠点こそ、自分を改善できるチャンスだと思うから。  僕も最近、僕の弱さを受け入れたら、生きやすくなったんだ。    さぁ今日も、頑張って行こう。 「金森、今日は君が先に花を活けてみてくれなか。足りない部分は僕がサポートするから」 「え、いいんですか」 「うん。君の花を見たくなった」 「嬉しいっす。頑張ります! 」  そうだ、これでいい。  コミュニケーションから、信頼を築いていこう。  会社って、そういう場所だ。  せっかく人と人が集う場所なのだから……        

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