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恋満ちる 5
「宗吾さんってば、さっきから……目つきが怖いですって」
「だが昨日みたいなことがあっては困るからな。威嚇だ! 威嚇!」
「くすっ……今日はもういませんよ。どうやら昨日、たまたま乗り合わせた人のようです」
「そうか、だが心配だな」
こんな風に電車の中で守られるのは男としてどうかと思うが、僕は宗吾さん限定なら、それでいいと思ってしまう。
それほどまでに宗吾さんの腕の中は安心できるし、彼に躰を明け渡して抱かれるのも好きだ。
それに……朝の満員電車は、皆、自分のことで精一杯なので、そこまで他人を気にしていないだろう。
電車から降りてホームを歩いていると、昨日と同じように菅野に声を掛けられた。
「葉山、おはよう! っと、滝沢さん、おはようございます」
「菅野、おはよう」
「菅野くん、昨日は瑞樹を助けてくれてありがとう」
「あ、いえ。俺なんかが役に立って良かったです」
「それで……君に折り入って頼みがある。明日の夜は暇か」
宗吾さんってば、僕から誘おうと思っていたのに、よほど早く家に来て欲しいようだ。
「え? 暇ですけど」
「よし、家に来い」
「って、やっと新居に呼んでもらえるんですか。ずっと待っていましたよ」
「はは、遅くなって悪いな。ぜひ来てくれ」
****
「瑞樹、どういう風の吹きまわしだ? 引っ越し祝いのアイマスクを貢いでも靡かなかったのに、本当にいいのか。お前たちの『愛の巣』に行ってもさ」
「あ、『愛の巣』って……ちょっと静かに」
慌てて、キョロキョロと辺りを見回してしまった。
あれ? そういえば今日はいつも僕らの周りをうろついている金森がいないのは、珍しいな。どうしたんだろう?
「昨日助けてくれたことを宗吾さんもすごく感謝していて、どうやら気兼ねなく菅野と家飲みしたいみたいだ。明日、来てくれるか」
「もちろんだ!瑞樹、ちゃんと宗吾さんにも話せたんだな」
「うん……もう隠したくなくて」
「それがいい。あー楽しみだな」
「好きなもの……作るよ? 」
「へぇ~みずきちゃんが? でも、ちゃんと作れんのか」
あっそうか、菅野には僕が料理が駄目だってバレているんだった。
「あはっ、宗吾さんが作るよの間違いだね」
「宗吾さんの手料理か。なんか、あの時以来だな……」
「あ! あの時か。僕の家で雑炊作ってもらっていたよな」
「そうそう。あの時は滅茶苦茶……お邪魔虫だったよなぁ。俺……」
「うわぁ……そんな」
照れくさい、猛烈に。
よく覚えているよ。スーツを汚してしまった菅野を僕の家に泊めたのを。
あれはまだ一馬と住んでいた家だった。僕だけでは不安なので、成り行きで宗吾さんにも来てもらって。それで寝室で鍵をかけて宗吾さんからキスをたっぷり浴びている最中に、菅野に声をかけられて……驚いたし、恥ずかしかった。
もうあんな失態は許されない(頼みますよ。宗吾さんっ)
「ううう、なんか緊張するな。これってさぁ彼女の家に挨拶にいく彼氏気分? いや違うな。娘を嫁に出す親の気分。うー全部違うな」
「くすっそんなに意識するなって。友人の家に遊びに行くだけだ。気楽に来て欲しい」
「そうだが、あの宗吾さんが相手となると緊張する」
菅野がわざと震えるジェスチャーをするので、苦笑してしまった。
宗吾さんは菅野には感謝しているから、大丈夫のはずだ。
潰されるかもしれないが……
「着替え、持ってきた方がいいかもよ? 」
「それな! 」
****
ヤバイな、葉山先輩に……マジで惚れてしまったのかも。
駅で菅野先輩と親しそうに話しているのを目撃してから、どうにも調子がおかしい。
生まれてこの方、同性に恋したことはないが、可憐で可愛い葉山先輩なら全然ありだ!
あんなキュートな顔立ちの癖に、仕事を始めると人が変わったように凛々しくなるのもいい。俺にはちょっと厳しくてクールなのも、かえってギャップ萌えでいいんだよね。
あー葉山先輩のことを、もっともっと知りたい。
という訳で、俺はいつもより早く出社し、社内で聞き込みを開始した。
葉山先輩が俺が入社する直前、3カ月間も休職していたのは何故なのか。
まずは、そこからだ。葉山先輩の心の支えになることから始めたい。
ところが誰に聞いても、首を横に振るのみで真相が見えてこない。
「瑞樹くん? あの時って確か怪我したんじゃなかった? んーでも、詳しいことは聞いてないわ」
「葉山くんが何で怪我したのか。そんなの知らないわよ。復帰した時はもうすっかり元気そうだったし」
3カ月も怪我で休むって大怪我だよな。うーん、気になる。
それに今どこに住んでいるのかも、皆、良く分かっていないようだった。
今は個人情報も厳しいので、上司も簡単に教えてくれないだろうし、かといって菅野先輩に聞くのは恋敵に聞くようなもので無理だし、これはもう後をつけるしかないのか。
いやいや、それはまずい。これってストーカー行為だ。
あぁ仕事が手に付かない。
そこでポンっと浮かんだ光景は、更衣室で着替え中の先輩の姿。
一瞬だけ、ちらりと見えた太腿……ほっそりとしていたよな~
あんな華奢なのに仕事にはひたむきで、ポリシーを持っていて、コンクールでも賞を何度も取って、本当に尊敬してしまう。
デスクで頭の中が薔薇色になっていると、菅野先輩が突然やってきて首根っこを掴まれた。
「イテテ……!! な、なんすか突然! 」
「おいお前っ、何で葉山のことをコソコソ嗅ぎまわってんだ? 」
いつになく真顔で給湯室に連れ込まれ、延々と説教を受ける羽目になった。
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