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恋満ちる 26

「あ、あの、僕……そろそろ行かないと」  売店の時計を見て、ハッとした。  とにかく余興に参加しないと、この服を脱げないのだ。 「あのさ、瑞樹……俺たち、母さんと来ているんだ」 「お母さんと? そうだったのですね」 「あぁ急に思い立って親孝行旅行だ。で、その、つい……君を追いかけて来てしまった。だが今回は話しかけるつもりはなかった、見守るつもりだったのに、すまん」    宗吾さんが申し訳なさそうに謝ってきた。そんな、謝ることではないのに…… 「あの、このホテルに? 」 「あぁ空いていたので。それで、部屋番号は『1122』だ。いい夫婦の日だから覚えやすいだろう」 「くすっ、いいですね。とにかく宴会に行ってきます」 「お、おう、頑張れよ! っていうか、宴会場まで、心配だから送っていく」 「宗吾さん……あの、すみません。僕……こんな格好で」 「何を謝る? 危ない目に遭いそうだったのを助けられて良かったよ」 「さっきの、カッコ良かったですよ」  ふと見ると、僕たちのやりとりを見上げていた芽生くんの手には、まだ売店で売っている刀が握られていた。 「あっ、それ!」 「これ、すごーく気に入っちゃった! おにいちゃんをたすけられたし」 「さっきは助けてくれてありがとう。芽生くんもカッコよかったよ」 「えへん!」 「その刀、僕も実はそれがいいかなって。だから宴会を抜け出して買いに来たんだよ」 「そうだったの? やっぱり、さすがおにいちゃんだね」 「それを買ってあげるから、レジに行こうね」  ふぅ……『み×き』印のパンツのお陰で、芽生くんが女装姿の僕を認識して慣れてくれて、よかった。 「でもおとなって、タイヘンだね。おにいちゃん、おんなのこのかっこうでおしごとだなんて」 「う、うん……今日は特別だよ」  確かに、今回の女装は仕事のうちだ。僕には、女装願望はない。宗吾さんという男性と愛し合っているが、けっして女の子になりたいわけではないから。  僕は僕のままでいたい。ありのままの僕を愛して欲しい。 「そうだな、瑞樹のこの格好は仕事の一環みたいなものさ。だが今後は……許さないぞ」 「……宗吾さん」 「こんな姿を見せるのは、どうか……俺限定にしてくれ。頼む! 心臓に悪い」  宗吾さんに熱い視線で訴えられて、ドキドキしてしまった。彼に再びこの姿を求められたら、なんだか僕……応じてしまいそう。  好きな人が僕に欲情してくれる顔を見られるのなら……どんな姿にでもなれそうだ。なんて……僕は宗吾さん限定で、彼には甘いし、不可解な言動に出てしまう。  一方、僕の横を歩く芽生くんは、刀を抱きしめてご機嫌だ。  宴会場に戻ると、菅野がパーテーションの向こうから顔を覗かせて、必死に手招きしていた。 「おーい! 葉山、なかなか帰って来ないから心配したぞ。大丈夫だったか」  くすっ、菅野の女装はひどいな。もはや……怖いレベルかも?  すると芽生くんがピューっと走って、僕の前に立ちはだかった。 「あぶない! おにいちゃん、あらたなテキだよ! ボクのうしろにかくれて! 」  んん? 菅野だと分からないのか。この前、家に来たばかりなのに。 「あ、ありがとう」 「げげっ! 滝沢さんと芽生くんが何でここに? 」  菅野も当たり前だが驚愕していた。 「きまっているさ! おにいちゃんをまもるためだよーそれぇ!! 」 「へぇぇ、はははっ、メイくんはメンコイなぁ~ 」  菅野が芽生くんをヒョイと軽々と抱き上げると、芽生くんは涙目になった。 「ギャー! おにいちゃんーたすけてぇー」 「おい、菅野、芽生くんを離せよ」  芽生くんが落とした刀を振りかざす真似をすると、今度は芽生くんがキャッキャッと喜んでくれた。 「おにいちゃんもかっこいい! 」 「なんだよ。芽生くんは、女装した葉山を、すぐに分かったのか」 「うん! 『ショウコ』のパンツを見せてもらったからね」 「証拠? あーあれか。『みずき印の魔よけのパンツ』だな」  一部始終を微笑ましく見守っていたはずの宗吾さんが、その言葉にはピキッと反応した。 「お、おい。聞き捨てならないぞ。なぁ、どうして菅野くんが知っているんだ? まさか君も……あのパンツを見たのか!! 」 「ヤバッ、俺、余計なことを……違います! 違いますってば~不可抗力でしたよ~ 葉山が自ら見せてくれたんです」  えっ……おい、今、それを言う?   やめてくれよ~宗吾さんは嫉妬深いよ!   「まぁまぁ……パパもおにいちゃんのおともだちも、どーどー、だよ」 「どうどう? 」 「ははっ、またソレか!」 「おにいちゃんは、おしごとがんばってね」 「う、うん」  微妙な会話の連続だ。   「それにしても瑞樹、持ち物に名前を書いておいてよかったな」 「あ……はい」 「じゃあ、他のパンツにも、ちゃんと書かないとな」 「えぇ~そんなぁ」  宗吾さんが不敵に笑いながら、僕の耳元で囁いた。 「家に帰ったら『オレのみずき』って書いてやるから、覚悟しておけよ! 」    もう、仕方のない人だ。  でも、そんな風に強く熱く僕を求めてくれるのは、嬉しい…… あとがき(不要な方はスルーで) **** 志生帆 海です。こんにちは! いつも『幸せな存在』を読んで下さってありがとうございます。 いただくリアクションで、お気持ちが伝わってきます。 いつも、ありがたい気持ちでいっぱいです。 【同人誌のお知らせ】 Twitterでは、ちらちらとお知らせしてきましたが、来年2月に『幸せな存在』の短編バージョン『幸せな復讐』を含めた同人誌を発行予定です。(『まるでおとぎ話』と『おとぎ話を聞かせてよ』の短編も収録します。) 今、まさに製作中なのですが、私はWEB小説専門で、同人誌を作ったことがないので、初めての体験にドキドキです。でもせっかく作るのなら、喜んでいただけるものにしたくて……『書き下ろしSS』を2作品予定しています。 1つは『まるでおとぎ話』の海里先生と柊一の、甘い甘いバレンタインのSSを、もう書きました。挿絵も、とっても甘いのを書き下ろしていただきます♥ 実は、もう一つの内容に迷っていて……せっかくなので、Twitterでアンケートを本日夜(12月13日)までしております。ご興味あれば……匿名ですので投票して下さると嬉しいです♥ Twitter @seahope10 アンケートはこちらから↓ https://twitter.com/seahope10/status/1337381685873102849?s=20

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