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恋満ちる 25

 女装姿なのは、その時の僕には大した問題ではなかった。それより芽生くんに買ってあげたい刀が、売り切れてしまわないかが心配だった。  ドンッ──  売店の入り口で団体さんにぶつかってしまい、顔を上げると、ニヤニヤと声をかけられた。 「へぇ~お嬢ちゃん、すごく可愛いね。おじさんたち今からカラオケに行くんだ。一緒にどうかなぁ」 「……‼」 (『お嬢さん』ってどういう意味ですか。僕は男ですけど!)と、きっぱり断ろうと思って、ハッとした。  僕、今……女装姿だ!こんな場所で声を出して男だってバレたら、大恥だ。 「んー? どうしたの。もしかして緊張してるの。すごく可憐で可愛いね」  手首をまた掴まれ、まずいと思った。ゾクリと肌が粟立ってしまう。 「や……」  こういうシチュエーションは苦手で声を出そうとした時、突然僕の視界におもちゃの刀が飛び込んで来た。 「おじさんたち、なにしてんの ? おねーさん、いやがってるよ」  えっ!!   ちょ……ちょっと待って、この声って芽生くんでは。  ど……どうして、なんでここに?  頭がパニックだ。 「パパ、パパー! はやく、こっちにきてー! 」 「芽生、勝手にうろつくなよ。どうしたんだ? 」 「あのね、このおねえさんが、こまっているみたいで」 「何だと? あっ、おい! 何でこんな場所でちょっかいを出しているんだ?みんな旅行中で和やかな雰囲気なのに最悪だな」  宗吾さんが凄みのある声でビシッと言ってくれ、僕を掴む手をむんずと離してくれた。  カッコイイ……! 「う。うるさいな。何だよ怖い連れがいたのか。もう、行くよ」  そそくさと僕に話しかけてきた男たちは、行ってしまった。  しかし、この状況……どうしよう!  っていうか、なんで宗吾さんと芽生くんがここに? 「君、大丈夫? 」  僕は両手で顔を隠して俯いていたので、宗吾さんも芽生くんも、まだ僕だと分からないようだ。それもそうだよな。体型を隠すようなふんわりとしたワンピースにざっくりとしたニットとウィッグで……  そもそも今回、女装をするなんて話していない! 「おい? 気分でも悪い? 」  ふるふると頭を振った。 「参ったな。えっと……誰か呼びましょうか」 「……」  困ったな……いやもういっそ、バレてしまう方がマシだ!  おそるおそる顔をあげると、宗吾さんと芽生くんが心配そうに僕を見つめていた。  あのあの……? 早く気づいて、僕だって! 「えっと……失礼。あれれ……君、なんかすごく知り合いに似ているね」  宗吾さん? なんで頬を赤らめて、頭をポリポリと?     だから、その、ぼ……僕ですってば! 「ほんとうだー、パパ、おにいちゃんに、にているよ。このおねーさん!」  おねーさんって、違う違う。本人だよ。僕だよ。芽生くんっ── 「あ、すみません。あの、酔っ払いも多い時間なので、お気を付けて」  宗吾さんは決まり悪そうな表情で、くるりと背を向けてしまった。  え? 行ってしまうの……それはないですよ。  待って、待って…… 「待って下さい‼ 」  とうとう声を振り絞って叫ぶと、宗吾さんと芽生くんがギョッとした顔で、振り返った。 「えっと、今の声って……君……ま、ま、ま、まさか瑞樹? 本物の瑞樹なのか」  口を手で押さえてコクコクと頷くと、宗吾さんはまだ信じられないといった面持ちだった。 「参ったな」 「ぼ……僕ですって」 「わ、もう喋るな。ヤバイ、少し向こうで話そう」  通りすがりの人がちらちら見てくるので、宗吾さんについて人気のない場所に移動した。 「で、君、本当に瑞樹なのか 」 「だから、そうですよ。その……余興で急に女装をすることになって」 「本当におにいちゃん? ちがう! うそだー」 「え? 僕だよ、芽生くん」  芽生くんには、どうして僕が女の子の格好をしているのかが理解できないらしく、疑わしい顔をされてしまった。 「じゃあ、おにいちゃんだっていう、『しょうこ』をみせて」 「証拠? 」  また難しい言葉を……あ、そうだ。 「芽生くんが書いてくれた『みずき印』のパンツはいてるよ。 ほらっ」  こうなったら、恥も外聞もない!!   芽生くんに信じてもらいたい一心で、あたりを見渡してから、自分のスカートを捲って『み×き』印の魔よけパンツを見せてしまった。 「あ! ボクの字……ほんとうにおにいちゃんだ! わーい! 」 「み、瑞樹、よせ、刺激が……」  宗吾さんは鼻を摘まんで上を向き(まさかの鼻血ですか! )、芽生くんはうれしそうに抱きついてきた。  なんという顛末……僕のキャラ崩壊を感じる瞬間だった。

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