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恋満ちる 24

「ふぅーパパ、あぶなかったね」 「見つからなかったよな」 「ギリギリセーフだよ~、あっ、おばあちゃーんだ」  風呂から上がると待合所に母がいたので、一緒に部屋に戻った。  しかし客観的に見た風呂場での瑞樹の可愛さは、半端なかった。菅野くんを味方にしておいて正解だな。あいつは本当にいい奴だ。さり気なく風呂場でも瑞樹をガードしてくれているのが伝わって、頼もしく思ったぞ。また家に呼んで労わないとな。  部屋に戻るとすぐに、夕食の準備を始めてもらった。 「風呂上がりに部屋食なんて、贅沢だな」    今日は瑞樹もいないので芽生と弁当で済まそうかと思っていので、まさかのご馳走さ。  俺って……我ながらフットワークが軽い! 「本当にいいわね」 「そういえば……母さんと父さんって、結構仲良かったんだな」  母のくつろいだ顔の向こうに、よく箱根にも旅行していたという話を、ふと思い出した。  俺は大学入学と共に家を出て殆ど帰省せずだったので、二人がどんな暮らしをしていたのか知らなかったよ。 「そうよ。お父さんと二人きりになってからは、よく旅行に行ったのよ」 「そうか、父さんと馬が合わないからと高を括っていて……関心を持たず悪かったよ」 「男の子はそんなもんよ。でも、そうねぇ、あなたとお父さんには、そういう時期が長かったわね。お父さんも不器用な人だったものね。でも、家族で最後に旅行してみたかったと、入院先でよく言っていたわ」 「えっ、そうだったのか。やっぱり悪かったな」  参ったな。  俺の知らないエピソードばかり出て来る。父さんも俺も意地っ張り同士だったな。 「でもね、きっと今頃、天国から見ているわ。独りになった私の面倒を宗吾がよく看てくれているのを、褒めているわよ」  母さんが励ましてくれるのが、嬉しかった。こんな時、やっぱり母親ってすごいなと思う。 「ありがとうな。……そうだといいが」 「そうよ。出来なかったことを悔やむのなら、今出来ることを、どんどんしたらいいわ。回り回って、新しい幸せが生まれるはずよ。現に今日の私は、とても幸せよ」  母さんの言葉が胸に響く、心に届く。  父さんには生きている間に出来なかったのが悔やまれるが、今、生きていてくれる母さんには、せめて優しくしたい。  父さんがいない今、どうか俺に任せて欲しい。  部屋食は、ご馳走だった。  お刺身に天ぷら、一人用の鍋に金目鯛の煮付け。どれも舌鼓を打つ美味さだ。必然的にビールが進む!進む! 芽生は母さんの隣でお子様ランチに夢中になって、大人しくしている。 「あれ? おばあちゃん、このハタ、にほんのじゃないよ。どこの国かな~」  デミグラスソースのハンバーグに突き刺さっているのは、日の丸ではなく英国の国旗だった。 「これはイギリスよ」 「イギリス? それって、どこ?」 「そうね、遠い外国よ」 「外人さんのくにだね。ボクもいつか行ってみたいな。おばあちゃんは行ったことあるの? 」 「お父さんが定年退職した年にぐるっとヨーロッパ旅行をしたのよ。ロンドン郊外の貴族の館に泊まったのは、楽しかったわ」 「わぁ~じゃあ、キシさんにもあえた? 」 「きし? あぁ『騎士』ね。それは中世の話で、今はいないわ」 「えーそうなの? お話の中ではキシさんがおひめさまを守ってカッコイイのになぁ。ほら、ケンで、たたかうの! そうだ。さっき通ったおみせで、ケンがうっていたよ。みにいきたいなぁ」 「ケン? あぁ剣か。瑞樹に刀をお土産で頼んだろう? 」 「うん。だから見るだけ! ねぇパパー、あとでいこうよー」 「しょうがないな」 「やった! 」  どうやら大人同士の会話に飽きて来たのか、芽生がモゾモゾしてきた。せっかくの旅行だ。芽生にも楽しい気分になって欲しいので、夕食の後、売店に行く約束をした。 「よし、じゃあ、ちゃんと全部食べろよ」 「ボク、いっぱいたべて、おおきくなるよーキシさんみたいに、たたかうんだもん! 」 「ははっ! 」 *** 「あ、これ……いい」  風呂上がりに通りかかった売店で、カッコイイおもちゃの刀を見つけた。鞘や持ち手の部分には、本格的な銀色の細工が施されており、白と銀色の色合いが西洋の剣っぽくて、無性に芽生くんに買ってあげたくなった。  芽生くんの喜ぶ顔を想像すると、つい頬が緩んでしまう。  お土産を買う相手がいるって、いいな。 「おーい、葉山。早くしないと宴会、始まってしまうぞ」 「あ、うん。でも……」 「ん? あぁ刀か。今、メガヒットのアニメの影響で流行っているんだってな。後で買えばいいよ」 「……そうだね」  かなり心残りだったが、泣く泣くその場を離れた。  僕たちが席に着くとすぐに宴会が始まり、最初は普通にビールを飲みながら普通に会食していたが、途中で先輩に呼ばれた。  来た! いよいよ女装の時間だ。  菅野と金森と共に控室に向かうと、女の先輩が待ち構えていた。 「さてと、みずきちゃんから、変身させまーす。この衣裳にパーティションの向こうで着替えてきてね」 「は、はい」  もう観念しているので指示通りそそくさと着替えると、そのまま椅子に座らされた。  ん? 目の前にはミラーが置いてある。  リップにアイシャドウ……? 「え! 僕、お化粧までするんですか」 「そうよ。この色のリップ、絶対に似合うから」 「えっ何それ、俺もしたい! 」 「金森くんと菅野くんは駄目よ~ 君たちには勿体ないわ」 「えー!! 扱いに差がありすぎですよ。俺、金森と同じ扱いですか」  菅野の深い嘆きには、笑ってしまった。  若草色のワンピースに栗毛のウィッグを被り、淡いオレンジ色のリップを塗った僕。馴染みが良すぎて、やっぱり驚いた。 「いやいや葉山、ヤバイぞ。マジ女にしか見えない」 「そ、そんなことないよ」 「いや、賭けてもいい。そのまま外を歩いても絶対にバレないさ! 」 「まさか」 「大丈夫だ。安心しろ」  女性の先輩も金森も菅野も、ひたすら首を縦にコクンコクンと振っていた。   「そうなの? じゃあ……少しだけ売店に行ってきてもいいかな? 実はさっきの刀、売り切れたらと思うと、気がかりで」 「おー! 大丈夫、大丈夫!」 「いいわよー8時から余興タイムだから、ちゃんと戻ってきてね。みずきちゃーん、逃げちゃ駄目よ」 「はは……こんな姿で逃げませんよ」  僕は明らかに酔っていて少し気が大きくなっていたようだ。  宴会を抜け出し、フラフラと売店へ向かっていた。  あり得ないことだが……女装姿のまま‼    

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