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聖なる夜に 17

「みっちゃん、大丈夫か」 「うーん、それが……さっき……また吐いちゃったの」 「そ、そうか。辛かったな」 「ヒロくん、なんだか不安。妊娠してから、お店のお手伝いもあまり出来ないし……こんなに辛くて、この先、ちゃんと乗り越えられるのかな」  いつも前向きなみっちゃんが、いつになくナーバスになっている。布団に伏せて、涙目だ。  あーこういう時、男ってもどかしいな。俺とみっちゃんの子なのに、辛いのを変わってやれない。つわりで気持ち悪いのを、実際に体験したわけではないので、どんな励ましも……薄っぺらく感じてしまう。 「あ、そうだ。これ……」 「ん……何?」  みっちゃんの手の平に、瑞樹が贈ってくれたベビーソックスを、そっとのせてやった。 「これさ、瑞樹からのクリスマスプレゼントだよ」 「えっ、お腹の赤ちゃんに? まだ生まれていないのに?」 「あぁ、そうだよ。アイツ……俺たちに『希望』をくれたんだな。それから、みっちゃんにもあるよ」 「わぁ……綺麗な色、向日葵みたいな優しいイエローね。好きな色よ」  みっちゃんの目がキラキラと輝く。 「これ、すごく上等なのね。暖かくてふんわりとした肌触りだよ。ヒロくん……向日葵の咲く頃には、私……ママになっているのよね」 「そうだよ! 夏生まれの子だもんな。みっちゃんが向日葵みたいな明るい人だから、本当によく似合うよ。赤ん坊には、来年の冬、このソックスをはかせてやろうな」 「うん! 真っ白なソックスが雪みたいだね。来年のクリスマスには、家族が増えているんだね」  ベビーソックスのおかげで、未来への想像が……リアルに出来た。 「そうだよ。だからふたりで頑張ろう! みっちゃんは、今は店のことは気にするな」 「ありがとう。なんだかすごく元気が出た。あ……そうだ。東京の瑞樹くん達に、私たちからも何か贈りたいね」 「そうだな。クリスマスはもう間に合わないから、お正月に食べられるように、朝市で何か見つけてくるよ」 「そうね、丸ごとの蟹がいいんじゃない? メイくん喜びそう。それにしても……瑞樹くん、すっかり元気そうで良かったね」  みっちゃんが、俺の手をギュッと握ってくれた。 「あなたがいつも気にかけていた弟さん……今とても幸せなのね。こんな贈り物を出来る程、心が満ちているのね」 「あぁ、そうみたいだな。瑞樹が俺たちを思いながら靴下を選んでくれたと思うと、顔がにやけるよ」 「本当に嬉しかったわ。何だかまた冷えてきたね」 「あぁ、また雪がちらつき出しそうだ」 「……去年のクリスマスは、ヒロ君と会えなかったから、今年は一緒に過ごせて嬉しいな」 「ごめん」 「大丈夫。大変な時だったの……知っていたから」  去年は傷ついた瑞樹が療養していて、それどころじゃなかったもんな。  あれから1年……今年はみっちゃんとお腹の中の子供と、過ごしている。 「俺、今、すごく幸せだ。みっちゃんと結婚出来てよかった。ありがとう」 「私も同じことを思っていた。ヒロくんとは同級生から始まりここまで来るのに長い期間かかったけれども、その分、心が通いやすいよね」 「あぁ」  東京にいる瑞樹へ。  俺たちは、こんな風に幸せに暮らしている。  だから、安心していいぞ。  俺もそろそろブラコンから卒業しないとな、夏には父になるのだから。  瑞樹は……もう大丈夫、大丈夫なのは分かっている。  ひとりぼっちで心細く震えていた弟は、もういない。  彼は今……こんな風に離れた家族に優しい気遣いが出来るほど、幸せに満ちている。  それが届く、聖なる夜だった。 **** *** 「パパー! ボクも手伝う」 「じゃあ、この紙皿を机に並べてくれるか」 「はーい!」  瑞樹は今日は店舗の助っ人で帰りが遅くなると言っていた。1日立ち仕事で疲れているだろう。だからクリスマス・ディナーは俺たちに任せておけ。芽生と合作でチキンを焼くよ! 「きっと、そろそろ帰ってくるな。じゃあ、いよいよチキンを焼くか」 「はーい!」  既に昨夜、下処理しておいた丸鶏を取り出した。  昨日のうちに流水で中まで良く洗い、内臓の取り残しや血などを綺麗に取り除き、塩こしょう、ハーブやニンニクを擦りつけておいた。常温に戻した丸鶏の手羽先を背中に回すように折り曲げて、両足の部分をしっかり揃え、タコ糸で縛って、開かないようにした。  芽生がその様子を、じっと隣で見つめている。 「パパ、そのお肉を縛りあげる糸って、なんていうの?」  ん? 肉を縛りあげる……ほぅ……なんだかエロい表現だな。 「たこ糸だ」 「ふぅん……ねぇねぇ、なんで使うの」 「はは、肉の出来上がりの形をきれいに整えるためにつかうんだよ」 「そうかぁ~足がパカッて開かないように、しばるんだね」 「お……おう!」  パカッと? ううう、やばいな、この会話……! 「あーコホン、コホン。芽生は肉の表面にオリーブオイルを塗ってくれ」 「うん!」  芽生が刷毛で肉の表面を撫でるように塗っていく。肉はつやつや輝き、旨そうだ。 「パパ、オリーブオイルをぬると、お肉のすべりがよくなるんだね。ほら、つるつる~きもちいいよ!」 「ゲホッ」  やばい。料理ってエロいな! つい……瑞樹の身体に置き換えてしまう。 「あ、パパ、足がまた開いちゃったよ」 「おっと、縛り直さないとな。よーし、ギュッと締め上げてやる」  たこ糸でもう一度足を結わいてギュッと縛りあげると、下半身が何故か疼いた。 (これ、いいな……いつかの夢にしたら駄目か。瑞樹に、してみた……)  「もうっ! 宗吾さんは、また……何を考えているんですか」 「うわっ! び、びっくりした! いつの間に」  背後に瑞樹が立っていた。声が些か冷ややかな気が……。 「ははっ、ローストチキンを作ろうと、その、まぁ……いろいろ格闘中だ」(煩悩との戦いで!) 「……の、ようですね」  もう悟りと諦めの境地なのか、瑞樹は気を取り直し、ニコッと甘く微笑んでくれたので、安堵した。 「瑞樹、お帰り! さぁ楽しいクリスマス・パーティーにしよう」 「はい、ただいま! 僕も夜が待ち遠しかったです」   去年の失態を繰り返さないためにも、ここで妄想タイムは打ち切りだ。真顔に切り替えると、瑞樹が、ふっと目を細めた。 「あのですね……そんなところも……決して……嫌では、ないんですよ。宗吾さんのいろんな面が満遍なく好きですよ」  うう、甘い……! 俺の恋人は俺に甘すぎる! 「いや、瑞樹。もっと俺を引き締めてくれ。なんなら縛ってもいいぞ」 「えっ!? くすっ、あはっ……もう本当に、宗悟さんって人は」  瑞樹が珍しく腹を抱えて、大きく笑った。

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