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聖なる夜に 16
軽井沢のクリスマス・イブ。
「うわ~、あったかいな、これ」
風呂上がりに早速、瑞樹がくれた靴下を履いてみた。肌触り良くてチクチクしない。良質なウールで、最高の履き心地だった。
「何だかさ……瑞樹そのものだな。これって……」
幼い頃から一緒に生活してきた、瑞樹の優しい気遣いを思い出してしまった。俺があんなに悪態をついても、態度を変えず、根気よく付き合ってくれた。
いつも……夕方、洗濯物を入れて畳むのは、瑞樹の役目だった。オレが公園で遊んで帰ってくると、綺麗に畳まれた洗濯物が部屋に置かれていた。親指に穴の開いた靴下を、綺麗な縫い目で丁寧に繕ってくれたのも、瑞樹だ。
なのに、まともに礼も言わず、挙げ句の果てに……風呂場であんなことまでして揶揄って怖がらせて、結局……瑞樹は高校卒業と同時に、逃げ出してしまったのだ。
そこまで追い詰めたのはオレだ。恩を仇で返したのもオレだ。
なのに……クリスマスプレゼントなんて。
オレなんかが……本当にもらってもいいのかよ。
優しくて暖かい存在。それが瑞樹だ。
自慢の兄さん……なんだ。優しくて綺麗で、きめ細やかで、一緒にいて居心地がいい人だ。
なんだか柄にもなく感傷的になり身体が火照ってきたので、窓ガラスをガラリと開けて、外の空気を思いっきり吸い込んだ。
凍てつく冬空に瞬く冬の星座を見た時、ふと思った。
確か瑞樹には……生きていたらオレと同い年の弟がいたんだよな。交通事故に遭い、5歳で死んだ夏樹。本当はオレの場所には、君がいたんだよな。
ごめんな、君の大事な兄さんに意地悪をして、虐めて……本当に悪かった。
綺麗で優しくって、一番、幸せになって欲しい人だったのに。
瑞樹が根気よく与えてくれた優しさと、許してくれた優しさと、今、兄弟らしくなれた喜びと……これからは全部、大事にしていくから。
君が地上に生きていたら……したかったことを、これからオレが君に変わってしていく。
この先は……仲良しな兄弟で、ずっといる!
「兄さんの幸せを願う弟でいるから……許してくれ! そして君も天上の世界で幸せになってくれ!」
空に向かって叫ぶと、まるでオレへの返事のように……天から……ちらちらと白いものが舞い降りてきた。
くるくる、ふわり……
優しく、天使の羽のように舞い降りてくるのは、雪だった。
「雪だ……」
手を差し出せば、冷たいのにあたたかく感じた。
「瑞樹がいる東京にも、雪が降ればいいのに……オレの大事な兄さんに『ホワイト・クリスマス』を届けてくれよ。夏樹……君になら出来るんじゃないか」
布団の中でも足がポカポカで、その晩、いい夢を見た。
幼いオレは瑞樹と、北海道の雄大な土地に立っていた。
「おいで! じゅーん! 走ろう!」
「待って~、お兄ちゃん」
ふたりで手を繋いで、野原を走った。
雪原をどこまでも、どこまでも――
「じゅん、メリークリスマス! クリスマスは大切な人の幸せを願う時なんだよ」
瑞樹はオレに向かって、とびっきりの優しい顔で微笑んでくれた。
白い雪しかないのに、花のような香りがした。
あとがき(不要な方はスルー)
****
私は、瑞樹が「じゅーん」って、呼ぶのが好きです。
潤との関係は、『冬の旅行編』でもっと掘り下げていきたいです。
1月15日に公開される『天上アンソロジー』で、なんと天上の世界にいる夏樹サイドを書いています。詳細はTwitterで定期的にお知らせしますね。
@seahope10
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