556 / 1741
聖なる夜に 15
今日はクリスマス・イブ。
僕は本社での内勤ではなく、有楽町駅前にある実店舗の助っ人に入った。
イベント当日は助っ人に入るのは、いつものことながら、朝から座る暇もない程の忙しさだ。
「すみません。このアレンジメントと同じもの、あと2つありますか」
「はい! すぐにお作りします」
ごった返している店内を器用にすり抜け、純白のフラワーアレンジメントを作り出す。
これは、今回僕が担当をしたデザインで、タイトルは『天上のクリスマス』だ。
樹木に純白の雪が積もり、辺りは一面雪化粧。僕が幼い頃、いつも見ていた函館の冬の情景をイメージしてみた。白薔薇をメインに、淡いグリーンのコニファや白く繊細な小さな花を優しく重ねてみた。
「葉山くんはテキパキしていて、いいね」
「ありがとうございます」
「何というか、花に迷いないね」
「そうでしょうか」
店長に褒められて、不思議に思った。人生では、ここまで辿り着くのに迷いが多かった僕だけれども、不思議と花に関しては、迷うことはなかった。
ここには、この花を使う……後光がさすように適材適所が見えてくる。まるで花が、僕の道標のようだ。
「なるほど、清らかな雪が降ってくるようなアレンジメントですね」
「あ……あなたは」
店頭にふらりと立ち寄ってくれたロマンスグレーの紳士は、以前、僕に白薔薇を譲って下さった冬郷雪也《とうごうゆきや》さんだった。白金台にある『創作フレンチレストラン&カフェ 月湖 tukiko』のオーナーだ。
「あ、雪也さん!」
「こんにちは、瑞樹くん。これは、うちの白薔薇だね」
「はい。あれ以来すっかり『柊雪《しゅうせつ》』のファンになり、クリスマス用に、特別に仕入れさせていただきました」
「そのようだね。実は……ホテルの用事があったので、君の様子を見に来たんだ」
「ありがとうございます!」
大輪の白薔薇は、白い雪のような花びらが幾重にも重なって格別な美しさを放ち、このアレンジメントの要となっている。
優美な中に凛とした佇まいを感じられる、雪也さんとお兄さんのお名前から『柊雪』と名付けられた特別な品種だ。
「では、僕にも一つそのアレンジメントを作ってもらえるかな」
「はい、喜んで」
「天上の世界とは、こんなに美しい場所なんだね……安心したよ」
雪也さんは、少しだけ寂しそだった。
「あの……実は、僕の弟と両親が、既に天上の世界にいるので、彼らを想って作りました。今年のテーマは『見守る愛』です」
そう告げると、雪也さんが空を見上げたので、僕もつられて空を仰いだ。
あぁ……何だか雪が降りそうな曇天だ。
「……瑞樹くん、明日は雪が降るといいね」
「あ、僕も、そう思っていました」
「では、ふたりで願おう。明日、粉雪が天から舞い降りてきますように」
****
延長保育の芽生を引き取って、仲良く手を繋いで家路につく。
こんな日常が、近頃は最高だ!
何しろ今宵は去年とは違う。これから自宅で家族だけのクリスマスパーティーを予定している。
「パパ、スーパーでチキンをかわないの? チラシにいっぱいのっていたよ」
「大丈夫だ。チキンはもう下ごしらえ済みだから大丈夫だ。家に帰って焼くだけだ」
「えー、すごい! じゃあ、ケーキは?」
ははっ、それも抜かりはない。
「ケーキ屋さんに、予約済みだ」
「パパって、すごいね」
「まぁな、家族に喜んでもらいたいからな」
「うん。おにいちゃんも、きっと、おおよろこびだね」
「だと、いいな」
駅から自宅マンションまでの道にあるケーキ屋で、予約したクリスマスケーキを受け取った。
「まっしろなケーキだ」
「そうだ。これはブッシュドノエルといってな、切り株をイメージしているんだよ」
「ケーキにも、雪がつもっているんだね」
「そうだよ。瑞樹は雪国出身だから、白いケーキが好きそうだと思ってな」
「うんうん、ボクも雪がみたいなぁ……」
「そうだな」
ちらりと空を見上げると、今にも雪が降り出しそうな曇天だった。
これはもしかして、ひょっとすると……1%の可能性が現実になるのか。
「パパ。サンタさんはいまごろ、そりにのって、お空をとんでいるのかな」
「そうだな。メイのところにもくるよ」
「うん! ボク、いいこにしてるよ!」
二人で見上げた空には雪は降っていなかったが、何かがキラキラしているように見えた。
「あっ、ウキウキさんだね。ワクワクさんかな」
「なんだ、それ?」
「パパにも今、みえたでしょう」
「ん? なんだか空がキラキラしていたよ」
「じゃあ、ワクワクさんだね」
「はは、そうだな。大人だってワクワクするものだ」
今宵はクリスマス・イブ。
愛しい恋人のサンタクロースになるのが、俺の役目だからな。
瑞樹と笑って過ごす……聖なる夜が、間もなくやってくる。
ともだちにシェアしよう!