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聖なる夜に 15

 今日はクリスマス・イブ。  僕は本社での内勤ではなく、有楽町駅前にある実店舗の助っ人に入った。  イベント当日は助っ人に入るのは、いつものことながら、朝から座る暇もない程の忙しさだ。 「すみません。このアレンジメントと同じもの、あと2つありますか」 「はい! すぐにお作りします」  ごった返している店内を器用にすり抜け、純白のフラワーアレンジメントを作り出す。  これは、今回僕が担当をしたデザインで、タイトルは『天上のクリスマス』だ。  樹木に純白の雪が積もり、辺りは一面雪化粧。僕が幼い頃、いつも見ていた函館の冬の情景をイメージしてみた。白薔薇をメインに、淡いグリーンのコニファや白く繊細な小さな花を優しく重ねてみた。 「葉山くんはテキパキしていて、いいね」 「ありがとうございます」 「何というか、花に迷いないね」 「そうでしょうか」  店長に褒められて、不思議に思った。人生では、ここまで辿り着くのに迷いが多かった僕だけれども、不思議と花に関しては、迷うことはなかった。  ここには、この花を使う……後光がさすように適材適所が見えてくる。まるで花が、僕の道標のようだ。 「なるほど、清らかな雪が降ってくるようなアレンジメントですね」 「あ……あなたは」  店頭にふらりと立ち寄ってくれたロマンスグレーの紳士は、以前、僕に白薔薇を譲って下さった冬郷雪也《とうごうゆきや》さんだった。白金台にある『創作フレンチレストラン&カフェ 月湖 tukiko』のオーナーだ。 「あ、雪也さん!」 「こんにちは、瑞樹くん。これは、うちの白薔薇だね」 「はい。あれ以来すっかり『柊雪《しゅうせつ》』のファンになり、クリスマス用に、特別に仕入れさせていただきました」 「そのようだね。実は……ホテルの用事があったので、君の様子を見に来たんだ」 「ありがとうございます!」  大輪の白薔薇は、白い雪のような花びらが幾重にも重なって格別な美しさを放ち、このアレンジメントの要となっている。  優美な中に凛とした佇まいを感じられる、雪也さんとお兄さんのお名前から『柊雪』と名付けられた特別な品種だ。 「では、僕にも一つそのアレンジメントを作ってもらえるかな」 「はい、喜んで」 「天上の世界とは、こんなに美しい場所なんだね……安心したよ」  雪也さんは、少しだけ寂しそだった。 「あの……実は、僕の弟と両親が、既に天上の世界にいるので、彼らを想って作りました。今年のテーマは『見守る愛』です」  そう告げると、雪也さんが空を見上げたので、僕もつられて空を仰いだ。  あぁ……何だか雪が降りそうな曇天だ。 「……瑞樹くん、明日は雪が降るといいね」 「あ、僕も、そう思っていました」 「では、ふたりで願おう。明日、粉雪が天から舞い降りてきますように」 ****  延長保育の芽生を引き取って、仲良く手を繋いで家路につく。  こんな日常が、近頃は最高だ!  何しろ今宵は去年とは違う。これから自宅で家族だけのクリスマスパーティーを予定している。 「パパ、スーパーでチキンをかわないの? チラシにいっぱいのっていたよ」 「大丈夫だ。チキンはもう下ごしらえ済みだから大丈夫だ。家に帰って焼くだけだ」 「えー、すごい! じゃあ、ケーキは?」  ははっ、それも抜かりはない。 「ケーキ屋さんに、予約済みだ」 「パパって、すごいね」 「まぁな、家族に喜んでもらいたいからな」 「うん。おにいちゃんも、きっと、おおよろこびだね」 「だと、いいな」  駅から自宅マンションまでの道にあるケーキ屋で、予約したクリスマスケーキを受け取った。 「まっしろなケーキだ」 「そうだ。これはブッシュドノエルといってな、切り株をイメージしているんだよ」 「ケーキにも、雪がつもっているんだね」 「そうだよ。瑞樹は雪国出身だから、白いケーキが好きそうだと思ってな」 「うんうん、ボクも雪がみたいなぁ……」 「そうだな」  ちらりと空を見上げると、今にも雪が降り出しそうな曇天だった。  これはもしかして、ひょっとすると……1%の可能性が現実になるのか。 「パパ。サンタさんはいまごろ、そりにのって、お空をとんでいるのかな」 「そうだな。メイのところにもくるよ」 「うん! ボク、いいこにしてるよ!」  二人で見上げた空には雪は降っていなかったが、何かがキラキラしているように見えた。 「あっ、ウキウキさんだね。ワクワクさんかな」 「なんだ、それ?」 「パパにも今、みえたでしょう」 「ん? なんだか空がキラキラしていたよ」 「じゃあ、ワクワクさんだね」 「はは、そうだな。大人だってワクワクするものだ」  今宵はクリスマス・イブ。  愛しい恋人のサンタクロースになるのが、俺の役目だからな。  瑞樹と笑って過ごす……聖なる夜が、間もなくやってくる。

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