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聖なる夜に 19

「あっ、そうだ。先に俺たちがプレゼントのお礼を言うよ」 「あ、はい」  函館の実家には、宗吾さんから電話をかけてくれた。  なんだか、こういうのって照れ臭いな。 「もしもし、お母さんですか。東京の滝沢です。はい、えぇ……あの、クリスマスプレゼントありがとうございます。サイズ? はい、芽生も俺も瑞樹も、ぴったりでした。なかなか普段は日用品を買いに行く暇がないので、助かりますよ」  宗吾さんがお母さんにお礼を言ってくれる様子を見つめていると、胸の奥がぽかぽかになってきた。  広い背中、快活な笑顔、宗吾さんって……本当に素敵だ。  続いて芽生くんも電話に出た。 「もしもし、おばーちゃん? メイだよ! うん、今ね、とりにくさんをしばっていたの。えへへっ。あ、あのね。クリスマスプレゼントを、ありがとうございました!」  受話器を持ったまま、ぺこんとお辞儀する様子が可愛すぎだ。きちんとお礼を言える……いい子に育っている。 「サイズ? うん、ぴったりだよー、あした、おなまえかくね。うん、うん。わかったー! じゃあ、つぎはお兄ちゃんにかわるね」  受話器を芽生くんから渡されて、改まった気持ちになった。すると宗悟さんが僕の肩を労うように揉んでくれた。 「瑞樹、俺たちはチキンが焼けるまで風呂に入ってくるから、ゆっくり話せよ」 「あ、すみません!」  宗吾さんが、気を遣ってくれている。カッコイイだけでなく、心の広い、優しい人だ。 「お母さん、元気ですか」 「瑞樹は?」 「元気にやっています」 「良かったわ。私も電話しようと思っていたのよ。私たちにクリスマスプレゼントを贈ってくれてありがとう。暖かそうな靴下で嬉しくなったわ。私が好きな色、知っていたの?」 「あ……」  お母さんに贈ったのは、春先に咲くチューリップ・ピンク色。 「お母さんが昔……春を告げる花が大好きだって……お父さんから最初にもらったのが、ピンクのチューリップだったと言っていたのを覚えていて」 「まぁ、驚いた。それって、いつの話をしているの?」 「たぶん……僕を引き取ってくれてすぐ……あの頃、学校に行けなかった僕に、よく花にまつわるエピソードを話してくれたので」  そうだった。僕に最初に『花言葉』を教えてくれたのは、函館の母だった。  チューリップは春を代表する球根の花。冬を越えて春を迎えるチューリップが好きだと言っていた。お母さんがお父さんと出会った時のエピソードと一緒に、何度も聞いた。  ピンク色のチューリップの花言葉は『愛の芽生え』『誠実な愛』だと、お父さんから教えてもらったそうだ。 「お父さん……か。ありがとう。やだわ……久しぶりにあの人とのことを思い出しちゃった。瑞樹……あなたなら分かると思うけれども『相思相愛』っていいわよね。自分が好きな人に好かれるのって、頻繁に起こることではないから、奇跡みたいよね」 『相思相愛』――  確かに『相思相愛』は奇跡に近いかもしれないが、自分からも生み出せることに、最近気づいた。  最初は宗吾さんから積極的に誘われた。それから……公園で泣き喚く僕を好きになってくれた人を、僕も好きになってみようと思ったのだ。  あの時、もしかしたら……自分で自分に『恋の魔法』をかけたのかな。あれから1年経っても、魔法は解けない。  それは、僕たちがお互いに歩み寄って、愛を育てて続けているから。  愛を注ぐ相手がこの世にいるって、すごいことだ。 「瑞樹、あなたは今……幸せなのね」 「……はい。とても」 「よかったわ。あぁ、もう、隣りで五月蠅いから、広樹にかわるわね」 「あ、はい」  今度は広樹兄さんだ。 「俺の可愛い瑞樹ぃ~! メリークリスマス!」  電話越しにもハグされている気分だ。 「くすっ、兄さん、メリークリスマス」 「おう! 靴下、気に入ったよ。いい色だな」 「よかった!」 「あぁ最高だよ。みっちゃんと赤ん坊にもありがとうな」 「あ……喜んでもらえそう? みっちゃんは陽だまりの向日葵みたいなイエローが似合うと思って」 「あぁ、きっと! 実は今、つわりで寝込んでいるから、気が晴れそうだ」 「そうか……やっぱり妊娠って、本当に大変なんだね」 「なぁ……赤ん坊の靴下のサイズには悶えたぞ。あんなに小さいのか」 「うん、あのサイズだよ」  僕は夏樹が生まれた時のことを覚えているから、赤ん坊の足の大きさなら想像できた。 「そうか。俺は潤が生まれた時、もう小学生で、外で遊んでばかりで……あまり覚えていなくてな。無事に生まれて、あれを履かせるのが今から楽しみだよ」 「すくすくお腹の中で成長しますようにと、願いを込めたよ」 「ありがとうなぁ。瑞樹はさ、いつも優しい男だよな」 「そんな、あ……そうだ。お兄ちゃんに聞きたいことがあったんだ」  つい、昔のように甘えてしまう。兄との会話はリラックス出来て、心地よい。 「なんだ?」 「あのね……そっちは雪……降っている?」 「雪? あぁ、さっきから、ちらついてきたな。お。これってホワイトクリスマスって奴か」 「いいな……実は芽生くんのサンタさんへのお願いが、ホワイトクリスマスなんだ。でも……東京でホワイトクリスマスになる可能性は0%に近いから、困ってしまって」 「おっと、それは難題だな」 「うん。何とか見せてあげたくて、困っている」 「じゃあ、願うしかないな」 「天に?」 「そう! 願うことは、全ての始まりさ!」    願うことが始まり――  目が覚めるような言葉をもらった。  そうだね……もしかしたら、叶わないかもしれないが、希望を持つことを忘れたくない。  生きているのなら、心に明かりを灯して生きていたい。 「瑞樹、さっきは雪が降る確率は0%って言ったが、違うな。そんなの分からない。明日の朝カーテンを開くと、雪が舞い降りてくる方に、俺は賭けるよ」 「お兄ちゃんの言葉は力強いね。いつもそうやって僕を励ましてくれた。大丈夫だ、大丈夫だって……お兄ちゃんは、絶対に、いいお父さんになるよ。僕が保証する!」 「ありがとうな。優しくて温かい言葉を沢山贈ってくれて……瑞樹、いいクリスマスを過ごせよ。家族仲良く」  メリークリスマス!  函館にいる僕の家族。  10歳の時から、僕を育ててくれた大切な人たちの元にも、聖なる夜がやってくる。  函館はホワイト・クリスマス――

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