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聖なる夜に 20

 電話を切ると、ちょうど宗吾さんが、あがったところだった。 「瑞樹~電話終っているか。芽生がそっちに行くから、拭いてくれないか」 「はい!」  まだお腹がぽこんと飛び出た幼児体型の芽生くんは、まるで天使だ。 「あ、こら! また」  濡れたまま、真っ裸でリビングに飛び込んできた。 「だって、あっち、さむいんだもん~」 「早く拭かないと、風邪をひいてしまうよ」 「はーい! あ、チキンのいい匂いだね」 「うん。あと30分かな」 「まちどおしいね」 「うん!」  芽生くんに、起毛した冬のパジャマを着せてやると、足首が見えて寒そうだった。 「あれ? パジャマも小さくなったみたいだね。新しいの買わないとね」 「ほんとうだ。上もちょっときついよ」 「ごめん、ごめん」  子供の成長は本当に早い。函館のお母さんがパンツを贈ってくれたから気付けた。それにしても、お母さんは流石だな。3人の子供を育てただけある。芽生くんの成長具合を見事に当てていたし……やはり適わないな。子育てにおいても、頼りになる存在だ。 「あー、さっぱりした。瑞樹も風呂に入って来いよ」 「あ、はい、でも……何を着たらいいですか」 「ん? 芽生はパジャマだし、俺はすでに部屋着だ。家族のクリスマスだから、それでいいだろう」 「そうですね」  堅苦しい格好でいなくてもいいのだ。ここでは……。  リラックスした寛いだ姿で過ごせる場所は、心も寛げる場所だ。 「お待たせしました」 「おー! 見てくれよ。このチキンの皮の張り。パリパリで旨そうだなぁ~」 「パパ、ヨダレをたらしちゃだめだよぅ」 「ははっ、さぁ今夜は、奮発してシャンパンを飲むぞ」 「えっ、そんな高価なものを……いいんですか」 「あぁ店で飲むより、ずっと安いから気にするな。今日は特別な聖なる夜だからな」   テーブルには手作りの丸鶏のローストチキンに、キッシュや彩り豊かなサラダがずらりと並んでいた。その中で、ひときわ目を引いたのは、パンをくり抜いた中にホワイトシチューが入っている『ポットシチューパン』だった。  あ……、遠い記憶が蘇る。 「あの、あの、これって」 「あぁ、瑞樹のお母さんのレシピ本を拝借した。君の大沼の家での、クリスマスの定番料理だとメモ書きがあったからな」  宗吾さんは、本当にずるい。  不意打ちで……僕を泣かせにやってくる人だ。 「う……っ」 「あー泣くな。泣くのは早いぞ」 「す、すみません。ですが……嬉しくて。このパンをくり抜くの、僕……よく手伝っていました」 「そうか。今日は芽生とやったよ」  宗吾さんと芽生くんが仲良くキッチンに並ぶ姿を想像すると、心が弾む。  同時に僕の記憶も明るい―― 『おにいちゃん、おにいちゃん! それ、ボクもやりたい』 『えー夏樹も? 大丈夫かな』 『ボクだって、もう、できるもん』 『よーし、じゃあ一緒にやろう』 『おにいちゃんといっしょって、うれしいな』 「じゃ、君はもう座って」 「はい」    シュッ……ポン!  シャンパンの開栓の音が、心を酔わせてくれる。 「わぁ、綺麗な色ですね」 「だろう、ホワイトゴールド色っていうのか。おっと、芽生はこっちな」 「やったー!」  芽生くんにはアニメキャラの甘いジュースだ。金色のパッケージがキラキラしていて、特別感が増すね。 「メリークリスマス!」 「メリークリスマス!」 「めりーくりすます!」  3人の声が仲良く、ぴったりと重なった。 「美味しそう!」 「美味しそう!」 「おいしそう!」  あれ、また重なった。なんだか不思議な感じがする。 「お、『ハッピーアイスクリーム』だな」 「なんです? それ」 「パパ、ごはんのまえにアイス、たべたいの?」 「え、知らないのか。参ったな……俺だけ、オジさんみたいじゃないか」 「あの……なんだかウキウキしますよ。教えてください。どういう意味ですか」 「母さんからの受け売りだが、同時に同じ言葉を口にした時、お互いに『ハッピーアイスクリーム』って、言い合うんだよ」  初めて聞いたけれども……『幸せな呪文』みたいで、可愛い! 「いいですね。声を重ね合わせると、不思議な連帯感が生まれますね」 「あぁそうだろう。それが意図せず偶然だと、特別なものを感じるよ」    人は知らないところで、誰かに守られている。  天からも……見守られているのかもしれない。  今度は、静かな沈黙が生まれた。 「それからさ、こんな風にたまに訪れるふとした沈黙のことを※『天使が通る』と言うらしいよ」  天使が、近くにいるの?  もしも……今、夏樹が近くにいるのなら、お兄ちゃんの願いを聞いて欲しい。  明日、ここに雪を降らせて欲しい。  僕の指先に――  天国の君の幸せを、僕にも伝えて欲しい。 (※……『天使が通る』はフランスの諺「Un ange passe」) あとがき(不要な方はスルー) **** こんにちは!志生帆 海です。 いつもあとがきまで読んで下さって嬉しいです。 最近のクリスマスのお話の対になる、天国にいる瑞樹の弟……夏樹の物語は、実は明日公開されるアンソロジー『天上のランドスケープ』15,000文字弱の短編で書いています。 Kindleさんの読み放題対応しているそうなので、もしも既に登録していらっしゃる方が入らしたら、覗いてみてくださいませ。私はいつもの雰囲気で書いていますが、皆様、本格的なお話で、読み応えたっぷりです♡ 詳細↓ https://twitter.com/aishiro_o/status/1348942512786870273?s=20 主催者さまのレビューはこちら↓ https://twitter.com/Umeicchan/status/1349202592723701762?s=20 それから、『天上のランドスケープ』のお相手は、なんと私の短編『海に沈める恋』https://estar.jp/novels/25531922 の彼です。彼も幸せにしてあげたい人でした。

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