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聖なる夜に 21

 和やかな時間だ。  僕が宗吾さんと芽生くんと暮らす東京のマンションの1室には、まるでキャンドルの灯りのような、暖かい空気が生まれていた。 「お兄ちゃん、サンタさん、ちゃんと、きてくれるかな」 「そうだね。今日はいい子に早く眠らないとね」 「うん! 今日はボク、自分のベッドでねむるよ」 「そうなの?」 「うん! サンタさんにおるすだとおもわれたら、いやだもん」 「なるほど。でも、本当に大丈夫?」 「う……あのね、でもね……」  俯いて指を弄りながらもじもじする芽生くんの様子に、つい口元が緩んでしまう。そんなに急いで成長しなくてもいいんだよ。もっともっと、6歳の芽生くんを見せて欲しい。僕に甘えていて欲しいんだ。 「よかったら、お兄ちゃんが、芽生くんが眠るまで一緒にいようか」 「い、いいの?」 「もちろんだよ」 「よかったなぁ。いい子に眠れよ。芽生」  僕たちの会話を、テーブル越しに、宗吾さんが頬を緩めて見つめていたので、目が合った。  あの……そんなに期待を込めた瞳で、熱く見つめないで下さい。  身体を求められているのが、じんじんと伝わってきて、身の置き所がなくなりますから。  今宵はクリスマス・イブ――  僕だって、あなたを求めている。 **** 「さぁ、次はケーキにするか」 「はい! 結局何を選んだのですか。ケーキ屋さんのカタログを見て、随分迷っていましたよね」 「あぁ、瑞樹に似合うのにしたよ」 「おにいーちゃん、ほら。ユキのつもった丸太だよ」 「あ、ブッシュドノエルですね」 「そうだよ。瑞樹は、名前の意味を知っているか」 「いいえ」  ケーキを食べながら、俺は瑞樹と芽生に、まるで昔語りをするように、フランス出張で聞きかじったことを父親らしく話してやった。  クリスマスの定番ともいわれる『ブッシュドノエル』とは、フランス語で『ブッシュ』が薪で、『ノエル』がクリスマスという意味がある。クリームで覆われた切り株風の外見で、中身はロールケーキになっているものだ。 「北欧では、樫の薪を暖炉で燃やすと、無病息災で1年過ごせるという神話があったそうだ。その縁起にちなんで、現在の薪のような形になったといわれているのさ」 「へぇ、そんな意味があったのですか」  瑞樹はこういう話が好きなので、食いついてくる。よしよし……先ほどは見つめ過ぎて目を反らされてしまったが、ここは父親らしさをアピール出来そうだ。 「それから、こんな話もあるんだよ。俺はこっちが好きだな」 「是非、教えてください」 「あぁ昔々……貧しい青年が、大切な恋人へのクリスマスプレゼントをお金がなくて買うことができなくて、せめて……彼女に暖まってもらおうと薪を贈ったそうだ。そこから、この形が出来たとも言われていてな」 「わぁ、それはロマンチックですね。大切な人への気持ちはお金や物では買えませんよね。彼は……思いやりという、あたたかい心を贈ったのですね」 「そうだな」  瑞樹が満足そうに胸に手をあてて、ふぅと甘い息を吐いた。  いいな、この感じ。  ここには今、キャンドルの灯りが揺らぐような、静かな時が流れている。  聖夜は不思議だ。皆……厳かな気持ちになってくる。 「パパー、じゃあこの小さな『きのこ』は、なんで?」  おっと、芽生の言葉は危険信号だから、俺の脳内に、しっかりストッパーをかけた。 「『きのこ』? あぁ、コホン……昔はさ、いつの間にかひょっこり生えてくる様子が不思議で、生命誕生や神秘の象徴だったから、縁起のよシンボル的につけているのかもな」 「パパー『えんぎ』って?」 「あぁ、いいことがあるってことだよ」  俺が尤もらしく言い放つと、瑞樹が何故か拍手をした。 「ん? 俺、拍手されるようなことを言ったか」 「宗吾さん、すごいです!」 「あぁ、なかなか博識だろう」 「いえ、そうじゃなくて、よくぞ、耐えました! って……あ、あれ? 僕」  口に手をあてて、ポンッと火が付いた顔に、今度は俺が抱腹してしまった! 「はははっ!」 「パパ? なにがおかしいの?」 「い、いや……何でもない」  せっかく俺がいい父親に徹していたのに、瑞樹よ。君は頭の中で何を想像していたんだ? 「す、すみません。僕はどうも……あぁ……そうか……『悪い子』になったみたいです」  動揺し……しどろもどろで、幼い子供のように焦っている様子も、可愛いぞ。 「えぇ! おにーちゃんが『わるい子』になったら、サンタさんが来ないよー! たいへん。たいへん。あ、そうだ。このきのこを食べるといいよ。さっきパパが、いいことあるって、さっきいってたよ」  芽生にお菓子の「きのこ」を押しつけられて、困り顔で、そっと唇を開く瑞樹の口元が……エ・ロ・イ!!  うげっ! やばいぞ、やばい。その口はまずい。その形状のものを、そんな風に食べるなんて!  今度は俺のストッパーが、外れてしまった。  あぁ、厳かな聖なる夜はどこへ――。   あとがき(不要な方はスルーです) **** (遠い目) いよいよクリスマスイブもマックスに…… 聖なる夜のしんみりしたお話を書いていたはずなのに……私の脳内で宗吾さんがっ、瑞樹が突っ走って、このような結果に(笑) あぁ尊いリアクションが遠のいていきます(笑) こんなご時世、こんなお天気、せめて創作の中の彼らには沢山笑って欲しいです。 そんな願いを込めて――  

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