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気持ちも新たに 3
「芽生くん! 一体、どうしたの?」
「んっとね。おにいちゃんのお花をかいにきたんだよ」
「えっと……どういうこと?」
突然現れた3人に驚いてしまった。するとお母さんが少し遠慮がちに説明してくれた。
「瑞樹。実はね……急に連絡があって、今から玲子さんのご実家に行くのよ。あちらのご両親が芽生にクリスマスプレゼントを用意してくれているようで。それに芽生も一度会ってみたいというから。玲子さんもまだご実家にいるし、今なら行きやすいかと思って」
「あ……そうなんですね」
なるほど、そういうわけか。いつか、きっと近いうちに会いに行く日が来ると思っていたが、それが今日だったのか。
でも、芽生くんが自分から行きたいと思ったのなら、それが一番良いだろう。無理矢理連れて行かれるよりも、自分の意志で動くのは、こんな局面では、とても大事だ。
「お兄ちゃん、ボクね……クリスマスに、みんなからいっぱいうれしいプレゼントをもらったから……ママにもね、とどけたくなったんだ」
「そうだね。お花、何を作ろうか。希望はあるかな?」
芽生くんの心が満たされているから、自分から会いに行こうと思えた。その一翼を担えたのなら、僕もとても嬉しいよ。
芽生くんは店頭をキョロキョロと見回した。
「えっとね、ママがママになれておめでとうのお花だから、赤ちゃんにもうれしいものがいいな」
「赤ちゃんが嬉しいものなんだね」
「うん! おいわいだからママにはお花で、赤ちゃんにはケーキかな」
「うーん、ごめんね。赤ちゃんはケーキは、まだ食べられないよ」
「え、そうなんだ」
僕たちの話を聞いていた女性スタッフが、アドバイスしてくれた。
「葉山さん、葉山さんのお知り合いですか。あの、小さなお客様の希望を両方叶える良い物がありますよ」
「何かな?」
女性スタッフがタブレットで見せてくれたのは、欧米で人気の出産祝いのギフトで『おむつケーキ』という物だった。紙おむつをまるめてお花を飾り、ケーキ型に仕立てたもので、アメリカではベビーシャワーや出産祝いに多く用いられている。確かこれは……人によって、嵩張るとかおむつに素手で触るから不衛生だと気にする人もいるらしいが、玲子さんの場合はどうだろう?
こんな時は……
タブレットの画像をお母さんに見せて、相談してみた。
「あの、こういうもの……玲子さんはお好きでしょうか」
「可愛いわねぇ。あら、これって……確か、誰かのお祝いに彼女も作っていたわよ。だから自分がもらったら嬉しいでしょうね」
「なるほど! では、これにします。芽生くんどうかな?」
「すごくいい! ママのお花はピンクがいいな」
「了解!」
芽生くんも目をキラキラと輝かせてくれたので、よかった。
「葉山さん、私、早速、そこの薬局でオムツを買ってきますよ。サイズと種類は?」
「瑞樹、私が聞いてみるわ」
連係プレーで必要な材料はすぐに揃った。だが、ここから作りあげて行くには、流石に少し時間がかかりそうだ。
「葉山さん、あとでお届けにした方がいいかも……結構大きいし、年配の女性とお子さんとでは大変よ。崩れたら大変だし」
あれ? 憲吾さんがアテにされていないのは、何故だろう? 少し苦笑しそうになった。
「それは助かるな」
すると、憲吾さんが深く相槌を打ってくれた。
「瑞樹くん、実は私が母と芽生を送るが、実はもう仕事に行く時間でね。帰り道が心配なんだ。君が配達のあと、ふたりをピックアップしてくれないか、この住所なんだが、坂の上の高台なので、母と芽生の足では大変そうだ」
「あ……どうしよう、仕事中なので……」
少し迷うと女性スタッフが、再び優しい声をかけてくれた。
「葉山さんの身内の方でしょう? 今日は午後になったらもう一人スタッフが入るし、配送に時間かけてもらっても、大丈夫ですよ」
「そうなの? じゃあ……そうさせてもらおうかな」
「助かるよ、瑞樹くんも雪道の運転は、大丈夫だよな」
「はい!」
函館に帰省した時は、朝一の送迎や配達を手伝ったので、雪道の運転は慣れている。
「俺も得意だ。気が合うな。しかし悪いな。君に、こんな役……」
「いえ、大丈夫です」
本音を言うと、玲子さんが産んだ赤ちゃんを、僕が見る機会など絶対にないと思っていた。芽生くんと半分血が繋がった赤ちゃんを、もしかしたら、ちらりと見られるかもしれない。
「では、後ほどお届けにあがります」
「おにいちゃん、ありがとう。かえりはいっしょにかえろうね」
「そうしよう」
「じゃあ、あとでね。きっときっと来てね」
「もちろんだよ」
可愛い指切りの後、少しの緊張と期待が入り混ざった。
しかし……これも巡り合わせだ。チャンスだ。
そう考えれば、ぐっと集中できる。
清潔な手でおむつを1個1個パッキングして、ケーキのように積み上げていく。
香りが控えめなピンクの小さな薔薇で、細かく飾り付けた。
ピンクの薔薇の花言葉は、「しとやかさ」「上品」「可愛らしさ」「温かい心」「感謝」など、上品で可憐な女性を想像させるものばかりだ。優しさで溢れる母性の象徴だ。
「葉山さん、流石です。こんなに繊細なおむつケーキを作れるなんて」
「ありがとう」
「さっきのお子さん、可愛かったですね。きっと喜んでもらえますよ」
「そう言ってもらえると、ホッとするよ」
「さぁ、あとは届けるだけですね」
「うん、行ってくるよ」
配達用の社用車の後部座席に、おむつケーキを固定して、僕は雪が残る街を走る。
大丈夫だ……夏樹からの贈り物の雪で覆われた街だから、大丈夫。
「あっ、そうそう、葉山さんも腰をお大事に~お互い、頑張りましょう」
にっこり微笑まれ、カッと頬が赤くなった。
腰庇っていたこと……お見通しだったのかな。
ううう、理由は……絶対に聞かないで欲しい!
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