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気持ちも新たに 2

「母さん、車で送りますよ」 「え? でも憲吾は仕事でしょう?」  そんな優しい言葉をかけてもらえるとは思わず、驚いてしまった。 「今日はゆっくりでいいんですよ。それにまだ雪が積もっていて、足下が悪いですからね。芽生と母さんでは危なっかしいですよ」 「そう言う憲吾は運転大丈夫なの?」 「はは、北国の地方勤務で鍛えられていますから」 「あぁ、そうだったわね、じゃあ送ってもらえるかしら。助かるわ」 「了解。美智のお腹の子が心配で、車で来て良かったですよ」  憲吾も優しい子だわ。あまり表には出さないけれど、懐の深い息子なの。きっと父親になるという意識が、なかなか素直に出せなかった感情を解放しているようね。 「美智、行ってくるよ」 「憲吾さん、気をつけてね」 「あぁ、今日はここで身体を休めていてくれ。夜一緒に帰ろう」 「うん!」  まぁ、仲睦まじいこと。温かい言葉を奥さんに素直に言えるようになったのね。 「私はあちらの両親に電話しておくわ、行き違わないように」  玲子さんの両親と会ったのは、芽生が3歳のお誕生日会が最後だったかしら。宗吾と玲子さんの結婚式も、今となっては懐かしい思い出よ。でも、もう遠い遠い昔だわ。  私は過去とは、一定の距離を取るようにしているの。 『良いことも悪いことも、過去に留まり続けないで、今を大切にする』  それが長年生きてきた、私の座右の銘よ。  過去から卒業した時、新たな未来がやってくる。  今とこれからを大切にしたいわ。  それは宗吾と瑞樹と芽生の3人の未来。として憲吾と美智さんと赤ちゃんの未来。  どうか、私の寿命が尽きるまで見守らせて欲しい。  **** 「おばあちゃん、あのね、ボク、ママに……」 「どうしたの?」 「うん……ママにあうとき、本当はね、お兄ちゃんのつくったお花をもっていきたかったの」  憲吾の車の中で、もじもじと恥ずかしそうに芽生が呟いた。 「まぁ、そうだったのね」 「だって今日は赤ちゃんのおいわいをしにいくんでしょう? お兄ちゃんのお花はしあわせになれるから、赤ちゃんもよろこぶかなって」 「あらまぁ、そうよね。気付かなくておばあちゃんごめんね。確かに手ぶらね。そうだわ。憲吾、有楽町に寄れるかしら」 「いいですよ。通り道ですから」  昨日、ちょうど瑞樹が話していたわ。年末まではずっと有楽町駅前の、加々美花壇店舗にいると。 「ふふ、芽生の夢は叶えてあげられそうよ」 「そうなの? あ、もしかしてお兄ちゃんのお花やさんにいけるの?」 「そうよ!」 「わぁ、うれしい! ヤッター!」  ****  有楽町駅前、加々美花壇の店舗でカウンターでアレンジメントを作っていると、女性店員が腰を手で擦りながらやってきた。 「ふぅ~葉山さん、今日は暇ですね。昨日の忙しさが嘘みたいですよ」 「やっぱり昨日は大変だった?」 「それはもう、大繁盛でしたよ。今年は家で過ごす人が多かったのか、朝からお客様がひっきりなしで……お昼ご飯を食べられたのは夕方でした。その後また閉店まで死にそうで」 「そうだったんだね、お疲れ様。今日は僕が接客もするから椅子に座っていていいよ」 「わぁ、やっぱり葉山さんって優しいですよね。私、朝から腰が重たくて……」 「それは大変だ。僕が外に立つよ」  そんな訳で僕は店舗の外に出て、花のディスプレイを整え出した。  クリスマスの翌日、しかも平日の午前中の店舗にはお客さんは、誰もやってこない。  行き交う人をぼんやりと眺めながら、昨夜のことを思い出していた。  僕の腰も……実はかなり気怠い。原因は分かりきっている。昨日の情事のせいだ。でも嬉しかった。宗吾さんにあんなに強く求められて、僕の身体は自分でも驚くほど過敏に反応していた。  宗吾さんのおおらかな心に抱かれると、寛げる。一馬に抱かれていた時には感じなかった、充足感と幸福感で満ちていく。もちろん身体も感じて気持ち良いが、心が何よりも心地良い。宗吾さんと身体を重ねる行為は、本当に止まらなくなる。  一馬を久しぶりに思い出した。だがもう過去を懐かしいとは感じるだけで、それ以上の感情は湧いて来なかった。まるで1枚のベールに隔たられたように、僕には、もう一馬との過去は近寄ってこない。  僕は過去をちゃんと卒業できている。だからこんなにも今が愛おしく、未来が楽しみなのだ。  ふと人混みに、よく似た人達を捉えた。  何だかお母さんと芽生くんと憲吾さんに似ているな……。    そんな風にぼんやり考えていたら、間近に来て本物だと分かり、びっくりした! 「お兄ちゃん~、えへへ、きちゃった!」 「えぇ! 本当に芽生くん……? 驚いたよ‼」    

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