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気持ちも新たに 1
クリスマスも終わり、また日常に戻っていく。
「瑞樹の仕事は、年末もギリギリまで忙しそうだな」
「実は昨日また追加でスケジュールが。お正月のアレンジメントの助っ人にも入らないといけないみたいです」
「そうか。世間はクリスマス、正月と続くから、花屋は忙しそうだな」
「毎年のことなので慣れっこですが……ふわぁ……」
電車の中で、瑞樹が小さな欠伸をした。
清楚な口元を盗み見して、昨夜、大人だけの夜を存分に楽しんだのを思い出す。
モコモコなウサギとモコモコなオオカミ……ではなくて、クマのまま激しく抱き合ったよな。結局最後は、お互いに暑くなって部屋着は脱ぎ捨て、夜更け過ぎまで、時間を置いて何度も何度も繋がった。
瑞樹もいつになく積極的だったし、いつもなら控えないとならない声も沢山漏らしてくれた。艶めいて最高だったから、俺も執拗に君を攻め、君を啼かせ続けてしまった。
子育て真っ盛りな俺たちにとって、大人だけの夜は貴重だ。久しぶりだったので、お互いに止まらなかった。
おかげでお互いにバッチリ寝不足モードだ。いや俺は逆に力が漲っているような気がするが……俺を受け入れてくれる瑞樹の負担を思うと……俺だけ、浮ついては、いられない。
「大丈夫か……」
「……はい」
恥ずかしそうに少し目元を染める様子が、相変わらず可愛い。いつだって君は最初に会った時と変わらずに、野の花のように可憐な男だよ。
「じゃあ、行ってきます!」
「あぁ、行ってくるよ」
改札を出ると、左右に行き先が分かれてしまう。お互い仕事に出るから、「いってらっしゃい」ではなく、行ってきますと言い合うのが、俺たちのルールだ。
瑞樹と別れて黙々と歩いていると、胸元のスマホが鳴った。
表示は玲子だった。こんな朝早くに、何だ?
「もしもし、どうした?」
「おはよう。宗吾さんってば、やっと出たわね」
玲子は、少し怒ったような声だった。
「え?」
「昨日の夜、何度も連絡したのよ」
「あっ、悪い」
そういえば瑞樹と二人の夜を楽しみたくて通知を切っていたから、気づかなかった。今日も寝坊してバタバタでっ、スマホを今、開いた所だ。
「何かあったのか」
「何かって……もう、芽生にね、私とおばあちゃんからクリスマスプレゼントを渡したかったのよ。でも私はまだ産後であまり出歩けなくて、1日遅れだけれども、母が迎えに行くと思うわ。芽生は今日は幼稚園? どこにいるの?」
「……今日は実家だ」
「そう……じゃあ、そっちに行くわ」
「えっ、玲子……」
相変わらず強引だな。
「なんだか前の旦那さんと朝からこんな会話……変よね。でも子供を産んでからよく思い出すのよ。芽生を産んだ時のことや、赤ちゃんの頃のことを……」
「……そうか。お前は確かに芽生の生みの母だよ。それは間違いない」
「ありがとう。とにかく、うちの母にとっても芽生は孫なのよ。どうしても顔を見たいと言うから」
「うっ……分かったよ。俺の母には伝えておく」
先ほどまでの浮ついていた気持ちが、一気に引き締まる。
玲子と俺の立場は、微妙だ。もう離婚した時のように険悪な状態ではないが……今を何と表現していいのか。お互いに別の相手と再婚して順調にやっている。(俺の心中では、もう瑞樹と正式に結婚していると思っているからな!)
だが、芽生は玲子が産んだ子でもあるので、無下に出来ない。特にあちらの両親にとっては初孫で、可愛がってもらっていたしな。
そういえば離婚してから、ほとんど会わせていなかったよな。会いたくなるのも無理はないか。俺がその立場だったら、やはり会いたいと思うから。
母に連絡を取って事情を話すと、母も微妙な様子だった。
「仕方がないわよね。あちらにとっても芽生は孫だし……」
「母さん、すまないが頼む」
「分かったわ。……でも……芽生、大丈夫かしら」
「……俺も少し心配だ。いつかは会わせてやらないといけないのは分かっていたが、急で」
****
あらあら困ったわね。玲子さんの親御さんが突然来るなんて。
瑞樹くんが知ったら、どう思うかしら。芽生は大丈夫かしら。
少し不安になってしまうわ、せっかく昨日はいい雰囲気だったのに。
「母さん、どうしたんです?」
「あぁ憲吾。ちょうど良かった。ちょっと聞いてくれる?」
こんな時……憲吾は法律に詳しいので、助かるわ。
「宗吾の前の奥さんの両親が、ここに来るみたいなのよ」
「ここに? どうしてですか」
「芽生に会いたいみたい。玲子さんにも会わせるつもりで連れて行くと……どうしたらいいかしらね」
「なるほど。『面会交流』ですね」
「面会交流って?」
「子どもを養育・監護していない親と子供との間の面会を含む交流のことですよ。たとえ離婚していても、芽生にとっては親であり、親子間の交流は子供の健全な育成に不可欠であると考えられているので、自由には出来るのですよ」
「うーん……難しい言葉ね。まぁシンプルに考えると、親権があろうか、なかろうが、子供にとってはどちらも大切なお父さん、お母さんなのよね。ふたりが子供の幸せを互いに願うのが大切ってことね」
一番大切なのは、幼い芽生を奪い合ってはいけないこと。それに子供はとても繊細だわ。芽生が母親を捨てたという罪悪感を抱くようなことはあってはならない。
「母さん……よかったら、芽生について行ってあげてください」
「そうね。芽生ひとりでは抱えきれないかもしれないものね」
「そうですよ。今こそ、我らが母さんの出番ですよ」
憲吾と話し込んでいると、芽生が美智さんに手を引かれて起きてきた。
「おばあちゃん~、おはよう」
「おはよう。芽生、美智さん、よく眠れた?」
「うん。オバサンと赤ちゃんのおはなしをいっぱいしたよ……それで、あ、あのね……」
「なあに?」
「う……んっとね。ボクのママと赤ちゃん……げんきかな?」
「あら、会いたいの?」
「うーん。ちょっとだけ、あいたくなったんだぁ……」
美智さんと接しているうちに、少し母親が恋しくなったのかしら? 芽生の心の中までは分からないけれども。でも、芽生の気持ちが向いているうちに、一度は会わせた方がいいのかもしれないわね。
「じゃあ。今日、おばあちゃんと一緒に会いに行く?」
「え? きょう? いいの?」
「……そうだな。それがいい。いいタイミングですね、母さん」
憲吾はその調子だと、応援してくれているようだった。
迎えに来て連れて行かれるよりも、私と芽生の意志でこちらから向かった方がいいと、その時、閃いたの。
「よかったぁ。ママのところへはね、ボクね……おばあちゃんといっしょに、いきたかったんだぁ」
あらあら、もしかしたら芽生なりに、宗吾にも瑞樹くんにも気を遣っていたのかもしれないわね。
私の手をギュッと握る様子が、いじらしかった。
子供って、親が思うよりもはるかに物事を理解しているのよね。繊細に。
宗吾、ここは引き受けたわ。
これは二人の中間にいる私の役目ね。
この歳になっても役目があるのは、幸せなことよ。
ありがとう。
私を頼りにしてくれて――。
芽生はもう、宗吾と瑞樹くんが育てていく大切な子供なのよ。
だから守るから、あなたたちのためにも。
あとがき(不要な方はスルー)
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新しい段に入りました。今度は、年末年始を書いて行こうと思います。
クリスマスが終った途端、少し心配な展開ですが、どこかで一度、芽生はお母さんと赤ちゃんと会うだろうと、考えていました。今日なら……おばあちゃんと一緒なら安心かなと。法律のスペシャリストの憲吾さんの活躍の場もあって良かったです。
年の瀬に、この問題をクリアして、気持ち良く宗吾さんと瑞樹と芽生の3人で、新年を迎えて欲しいと願っての展開です。季節感がずれていますが、このお話は私のライフワークのように、ゆっくり歩んでいきます。
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