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白銀の世界に羽ばたこう 14

 さっきから、ずっと目覚ましが鳴っている。止めても止めても鳴り出すので、いい加減に頭に来た! 「ううう、五月蠅い! 今は旅行中だぞぉ~‼」  盛大な寝言を口走りながら飛び起きると、鳴っていたのは目覚ましではなく、電話だった。電話? あぁ……そうか、ここは軽井沢のホテルで……俺たちは……えっ?  カーテンを閉めていなかったので客室には、月明かりが届いていた。  真っ暗だ……って、夜……!? 今、一体何時だ?  慌てて時計を見ると、もう夜の8時半だった。なんてこった! 少しのつもりが、ぐっすり3時間近くも寝ていたのか!  ベッドを見ると瑞樹と芽生が同じような格好で、すやすやと丸まって眠っていた。  参ったな……呆然と頭を掻いていると、また電話が鳴った。 「もしもし?」 「あ! お客様……良かったです。1階のメインダイニングですが、ご予約の時間を、とうに過ぎておりますが」 「あっ、すまない」  なんと……夜の7時に予約していたのに、もう8時半ではないか。 「どうされましたか」 「いや……実は、子供と一緒に眠ってしまって……」 「そうだったのですね。お疲れのところ大変申し訳ありません。あいにく……当レストランは、9時で閉店になりますが」 「そうか……参ったな。まだ夕飯を食べていないのに」  そう聞いた途端、腹がぐぅーっと鳴った。それが聞こえたのか、暫し沈黙の後…… 「あの、もしよろしければ……お弁当というスタイルで特別にルームサービス致しましょうか」 「それは助かります。ぜひお願いします」    流石、老舗ホテルだ。粋な対応に感謝した。  というわけで、まだ瑞樹と芽生がぐっすり眠っている部屋に、ご馳走を運んでもらった。  ベッドで寄り添うように眠るふたりは兄弟のように愛らしく、起こすのが躊躇われた。布団に埋もれた瑞樹は…いつも実年齢よりもずっと若く見る。  瑞樹は、あんな風に人から背中を撫でてもらうことなど……きっとなかったのだろう。驚きから、照れ臭い表情……そのあと心地よさそうに俺と芽生に身を委ねてゆく姿に、泣けた。   「ありがとう。良いサービスを」 「お客様に寄り添う気持ちを込めました、よいご家族旅行を!」  ホテルマンが静かに扉を閉める音で、芽生が起きた。 「クンクンクン……いいにおい~ パパ、おはよう! あれれ? お空がくらいよ」 「ははっ、まだ夜だぞ。夕寝し過ぎたんだ」 「えー、じゃあこのにおいって、夜ごはんなの?」 「そうさ」 「どうして? どうして、お部屋からするの?」 「来れば分かるさ。さぁこっちへ来い!」 「うん!」  ベッドから飛び降りた芽生が、目をキラキラと輝かせて走ってくる。    テーブルには、その期待に応えるご馳走が並んでいる。  そういえばホテルの部屋で夕食を取るのは、初めてだったか。 「わわわ、ボクのダイスキなハンバーグだ! なんで、おへやにあるの? パパの魔法なの?」  出たぁ~魔法! この俺からどうしてこんな夢見がちな息子が生まれたのかと苦笑しつつも、うっとりした目つきで俺を見上げる息子が、愛しくて溜まらない。  子育てって面白いな。可愛いな。  離婚するまで玲子に任せっきりの駄目な父親だったが、今は違う。瑞樹と一緒に、芽生の成長を見守っていけるのが、とにかく嬉しいんだ。  肩を並べて生きたい人がいる。  足並みを揃え、笑いあいたい人がいる。  俺を必要とする人の存在が、こんなにも俺の世界を変えてくれるなんて。 「パパ、お兄ちゃんも、おこしてきていい?」 「そうだな。そろそろ食事にするか」 「うん!」  ****  ん……? なんだろう? 今日の僕の夢は賑やかだな。  キャッキャッと無邪気に喜ぶ声と、美味しそうな匂いだ。    そうか……学校から帰ってきてランドセルを部屋に置いたら、うたた寝してしまったようだ。風邪で学校を3日間、休んだ後だったからかな、少し疲れていたみたいだ。  もう食欲も戻ったし、夏樹とも遊びたいな。早く起きなくちゃ……  でも……お母さんが夕ご飯作っている美味しそうな匂いって、ずっと嗅いでいたくなるし、弟が部屋を走り回る楽しそうな声って、ずっと聞いていたくなるよ。  懐かしい日々……この夢は、久しぶりに見た。たしか夢の続きはこうだ。  ポカポカいい気分になって、もう目覚めていたのに起こしに来て欲しくてベッドで待っていると、夏樹が子供部屋にやってきて僕の布団にぴょんっと飛び乗るんだ。  そして、いつも、こう言うんだ。可愛い声で…… 「おにいちゃん、もう、ごはんだよー! ボク、おなかペコペコ!」  ドンっとリアルに重みを感じたので、目を開くと、芽生くんの顔が間近に見えた。 「わっ!」 「今日はお兄ちゃんが、一番おねぼうさんだよ」 「あ……今、何時?」 「もう夜の9時だよ」 「ええっ! もうそんな時間なの?」  夕食は? 予約してくれたレストランはどうなった? と焦っていると、宗吾さんが迎えに来てくれた。 「瑞樹、起きたのか」  優しい眼差しで、僕の額に手をあててくれる。 「布団、暑くなかったか。少し汗ばんでいるな」 「温かかったです。とても……」 「そうか、さぁ飯だぞ」 「あの……気が抜けてしまい、寝過ぎました……すみません」 「疲れたんだな」  すると、芽生くんがとなりでワクワクした顔をしている。 「パパ、こんな時は、アレがいいんじゃない?」 「あれ?」 「ほら、これだよ!」  芽生くんがいつも持ち歩いている羊のメイのぬいぐるみを、さっと横抱きにして見せた。まさか、それって、前もしてくれた……あれですか! 「あぁ、そうだな。流石メイ。俺の息子として誇らしいぞ」 「えへっ」 「あ、あの……」  あっという間に、宗吾さんの逞しい腕によって、軽々と横抱きにされてしまった。僕は男なのに、こんなに軽々と……。恥ずかしくて、彼の胸元に顔を埋めてしまったが、心の中は、じわりと嬉しかった。  眠りに落ちていく時も、目が覚めた時も、すぐ傍に大切な人たちがいてくれる。  僕を優しく甘く、迎えに来てくれる。  それが嬉しくて……  僕の寂しかった心は救われた。

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